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2007/1/19 ノロちゃん先日アユタヤに行った際、エビとか貝を生で食べていただきましたが、アユタヤの人たちが特に生貝を躊躇していました。
今思い出すと、彼らは口々に、「日本では生の貝を食べてウィルスに感染してるから、食べられない」と言っていました。
それは日本での話です。自分で「日本で」って分かってるんなら問題ありません。もしタイに上陸してたら、鳥インフルの時みたいに、もっとえっらいニュースになって、それこそシーラチャーあたりでは生のシーフード禁止令とか出るってば。
情報の真偽・信用性冷静に見極めるのって、大事。皆が騒いでるから便乗するのはタイ人の最も得意とするところですが、これが国情を必要以上に混乱させる原因の一つであり、この性格が情報操作や洗脳に利用されてることに気付かなければ、この国の将来はあまり楽観できないと思いません?
2007/1/17 こういう時代が来たんだねえアメリカでの話ですが。
未婚、離婚、死別、別居を含むわけですが、こんなに高い割合だとは。
さらに、若くして結婚する人、えっらい減ってますね。(1950年と、半世紀以上前との比較なので何とも言いにくいのですが。)
日本って、どれくらいなんだろう。
ちなみにタイ人は、結婚して子供も数人いるけど籍入れてない人がかなり多いです。女性側の方が金持ちで、正式に結婚してしまうと財産持って行かれるかもしれんから、とある未入籍女性。別れる時も複雑な手続が要らないからだと。両親が未入籍であっても二人の子供であることが証明されれば申請可能なお役所の手続もあるからか、籍を入れる必要性がないらしい。
ってか、道徳的に考えてよ。子供には両親は必要だとか。計画性などなしに子供作って、実家の親に預けて共働きの人も相当数いるタイ(特にシーラチャー周辺の工業団地にいる東北出身者の)社会で、そういう要求は無理なんかしら。
うちの会社の某男性作業員。入籍済の妻と子あり。ある日、人事課に相談に来ました。
「妻が妊娠したんだけど、保険とか申請できる?」
「そりゃできるけど。とりあえず結婚証明持ってきて。書類あるよね?」
「いや、別の妻なんだけど」
「は?」
「2号さんと3号さんが同時に妊娠したんだけど、この二人に保険を申請してやりたいんだけど」
これは問題外です。しかも、普通の作業員の立場で、大奥殿と妾2人をどうやって養うっちゅうねん。さすがアメージング・タイランド。
さらに、本妻と2号さんと男性は同じ会社に。女同士の熾烈などつき合いもあったらしい。当たり前。 2007/1/15 ワインの悲劇先週末、久しぶりにアユタヤの田舎を訪問しました。朝から市場でシーフードを買い漁り、もらい物の日本酒を携え、さらに古着や履かない靴なども車に積んで、約3時間掛けてちょうど正午ごろに到着しました。
シーフードを期待している農村のみなさんは、生のイカやエビを珍しそうに眺めていました。シーラチャーにいると普通に見かけるものも、山奥の農村ではやっぱりないもんなんですね。生の貝やエビのお造りみたいなものを作ったのですが、村の皆さん、初めは箸もつけない状態。お酒で喉を潤してから、まさに清水の舞台から飛び降りんばかりの覚悟で初めて口にする、といった感じでした。もらい物の日本酒と焼酎も、臭いをかぎつつ、ちびっとだけ飲んでみて、といった具合。
しばらくして、30歳手前、日系企業でエンジニアとして働く兄ちゃんが言い出しました。「外国のお酒を日本人の上司にもらったんやけど、蓋空けるのに苦労するし、めっちゃ酸っぱいにおいするし、ちょっと味見して捨てたわ。あれが日本酒なんかな?」指の先には、年末年始から溜まりに溜まった酒、ソーダなんかの瓶が山積み。その中から緑色の瓶を1本を取り出して見せてくれました。そう、ワインでした。
ワインオープナーをご存じなく、開け方が分からなかったらしく、押し込んだコルクが赤いワインの中に浮いていました。ほんの数日前に捨てられたらしいワイン。一応ラップが掛けられていましたが、時すでに遅し。コルクの粉末は混ざってるし、ワインの酸味以上の発酵臭がただよっていて、飲める状態ではもはやありません。
ラベルを見ると、オーストラリアのワイン。ああ、開けたてやったらおいしかったやろなあ。タイ国内(バンコク除く)ではめったにお目にかかれないのに。結局ワインはゴミ置き場に転がされたままとなったのでした。 2007/1/11 アレルギー?正月にチェンマイで風邪を引いてしまいましたが、何とか軽症でとどめようと、しばらく食事制限をし(単に酒量を減らしただけ)、早めに就寝し(単にやることなかっただけ)、タイで市販されている薬を何度か服用していました。おかげで一週間ほどで何とか風邪は治りました。
タイの薬って、日本のものよりかなり強いんです。寝る前に服用すると、翌朝まだ頭がぼうっとしてる感じがすることも。でも、めっちゃ熟睡できるため、風邪の症状が軽くなってきてもしばらく服用を続けていました。
ところが、風邪の症状が和らいでくるのと並行して、なんだか全身がむず痒いというか、肌がやたら敏感になっているような感じになってきました。ポリポリ掻くと、ミミズ腫れみたいになるし。しかも決まって夕方発症するんです。
なんか変な病気でも?と考えてみました。何かのアレルギーか?今まで、食あたりとか飲みすぎはあっても食べ物でアレルギーになったことないし、と思ってたら、「薬ちゃう?」と言われたのです。言われてみれば当たってるかもしれん。風邪も完治していたので、薬とはきっぱり縁を切りました。(笑)するとどうでしょう。痒みが徐々に治まってきました。はは~ん、これがアレルギーなのか~。喉元過ぎれば・・・で、悩みはどこへやら、なんか感心してしまってます。 インスタントラーメンと雲呑麺安藤百福さんが亡くなりました。日清カップラーメンを(偶然)思いついた方。うちの会社と同じ工業団地内に工場があり、日本人工場長さんとも顔見知りでもあり、やはり日本のインスタントラーメンということで、タイのラーメン王「ママー」よりも親しみを感じます。工場の応接室には百福さんの著書だとか、カップラーメンの歴史の本やその英語版などが、歴代の、各国で販売のカップ麺とともにずらりと並んでいるのを見たことがあります。
日本人もタイ人もインスタントラーメンを食べますが、韓国もインスタントラーメン天国、なんと普及率世は界一だとか。香港でも「出前一丁」がインスタントラーメンの代名詞になるほどだそうです。言われてみれば、コンビニで売ってた気がします。
が、香港の大衆食堂で食べた雲呑(ワンタン)麺、これは日本のインスタントの比ではありません。ぅんまい!ワンタンがでかい!やらかい!エビが丸々一匹ワンタンに包まれている!しかもプリプリ!
大事なのは、急いで食べること。食堂の壁にも貼ってありました。よく分からないながらに読んだんですが、「雲呑麺の美味しい食べ方;熱いうちに、出来れば5分以内にお召し上がり下さい」みたいな。はい、身をもって体験しました。おしゃべりしながらちんたら食べてるうちに冷めてきて、ワンタンはプリプリ度が減少してくるし、スープは塩味だけが際立ってきてしまいました。
急いで食べろってことは、香港や中国では、(タイでは、お行儀が良くないとされますが、)日本人的にずるずる~!じゅじゅじゅ~~!っと食べていいんでしょうかね。道路に痰をかァー!と大音量で捨てるくらいだから、食事中の音も、別に構わないんですかね。 2007/1/9 梅酒・途中経過昨年10月頃のブログでもご紹介した記憶がありますが、中古(笑)の梅とタイの焼酎(か?)を使った「二番煎じ梅酒」。
昨日、ふと思い立って梅酒のビンを覗いてみました。そろそろ5ヶ月になります。料理の天才の母上の話では、「一回使った梅やし、通常(3ヶ月)の2倍の6ヶ月ほど漬けておくほうが」というアドバイスだったので、それに倣い封をして冷暗所に保管し、時々蓋を閉めたままシェイクしてみてました。
そろそろと蓋を開けてみると、ふわっと梅の甘い香り。おお、それらしくなってきたやん!早速ちょびっと味見してみました。梅の香りも確かにするのですが、タイ焼酎のかなりきつい香りがまだ残っていて、砂糖の甘みが必要以上に際立っている感じ。おいしく頂くにはちょっと時期尚早な気がしたので、蓋をして再度冷暗所に。
一度使った梅でも、意外に香りと味が出るもんですね。
2007/1/4 チェンマイ園芸博1月2日、張り切って早起きし、留学時代大好きだったお粥屋さんまでわざわざお粥を食べに出かけ、その後郊外の園芸博にいざ出発!
12月31日の大晦日にバンコク中心に複数箇所で同時爆発があり、パタヤでも直前に除去されたニュースを見ていましたが、チェンマイでは、火をつけて揚げた灯篭が電線に引っかかって電機がショートしたのを爆発を間違えて一時騒然となった意外は特に騒動もなく、国王陛下即位60周年を記念して開催されている、つまり国王陛下に捧げる園芸博で、まさか爆発は、と言いながら入場しました。
案の定、掲示も案内もタイ語ばかりで、こりゃあ外国人はあんまり来ないわ、といった雰囲気でした。田舎から出てきてクソ暑い気候にバテてるお年寄りなんかそこらへんに座り込んで休んでるし、香港のディズニーどころじゃありません。お行儀がよろしくない!
我々も、午前10時ごろ入場し、メイン会場を一回りするともうヘトヘトで、午後2時には退場。タイのレベルではそれなりに上出来かな、という感じでした。
午後はさすがに足が痛かったこともあり、マッサージに。そこで聞いた話では、園芸博でも爆発があったとか。国の威信もあって、情報が操作されているようだけど、死者も出た、とマッサージのお姉ちゃんが興奮気味に話していました。半信半疑で聞いていましたが、ありえなくもない話ですわな。言われてみれば、チェンマイ空港到着時、警備がえっらい厳しかったし。出口と入り口ははっきり分かれてて、入り口では必ず荷物をX線に通し、ボディチェックしてたし。
マッサージで体が軽やかになったので、夜は、ピン川沿いのリバーサイド・レストランで涼しい風を受けながらお食事。
楽しい休日は、やはり足早に過ぎて行きます。チェンマイの3泊4日もあっという間でした。
翌日は昼前にチェンマイ空港に向かい、午後2時前にバンコク・スワンナプーム空港に到着しました。ここでもトイレの数が少ないことを再実感。そしてカバンを待つこと数十分。やっぱり遅いよ。みんなブーブー言ってること、よ~く分かりました。出口のスペースも狭くて、大混雑してるし。ちなみにスワンナプームは、ドイツ人設計、日系会社建設だって。旧空港より集客数も増えてるんだから、もちっと考えてくれよ。備えと反省がないし、問題が起きてから考える気質なのよね・・・
帰宅後は、衣類を仕分けし、お土産を小分けにし、これだけで丸々1時間掛かりました。5泊6日の休日中に撮った写真は300枚以上。楽しい年末年始を過ごしました。
心残りは、香港で紹興酒とか、桂花陳酒などのお酒を飲まなかったことくらいか。1日目の夕方はツアーに参加し、なんとか酒家(飯店とでも訳すのか)で大急ぎで夕食を(なぜか中華系フィリピン人一族と同席で)かっ食らい、2日目はディズニーランドで丸々過ごしたために、ゆっくりお酒を楽しむ時間がなかったのです。帰り道にコンビニで香港のサン・ミゲールを買って帰ったくらい。香港は全体的に物価が(タイと比べて)かなり高かったけど、ビールは手ごろな値段で、味もなかなかでした。
新年@チェンマイチョンプーちゃんのブログをご覧の皆様、遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。
今年も、チョンプーちゃんの周りで起こった出来事をつれづれと書きとめてまいりますので、よろしくお付き合い下さい。
というわけで、大晦日は従業員の部屋に無料で宿泊したのですが、涼しい、やかましい、狭いために、なかなか寝付けませんでした。
元旦も早朝から目が覚めてしまい、部屋の引越しのために荷物をまとめ、オーナーの中国人のおいちゃんに事情を説明してる間にずい分時間が掛かってしまったこともあり、園芸博は翌日行くことにして、この日はチェンマイの観光名所のひとつ、ドイ・ステープ(ドイ=北タイ方言で”山”)に。シーラチャーでは一番ポピュラーなバイクタクシーはチェンマイにはありません。トゥクトゥクか、赤いソンテウ(ピックアップトラックの後ろが2列の椅子になっている)が普通。これを乗り継いで、乗り合いで山に向かいました。お連れさんは初めてのチェンマイで、あれこれ説明しても、「ふう~ん」くらいの反応しか示さない。でもチョンプーちゃんにとっては貴重な場所、しかも数年ぶりなので、興奮を隠せません。
山に向かう道は、タイ全国からの車で大渋滞。排気ガスの臭いに加え、エンジンか何かが焦げ付いた臭いが充満する中を潜り抜けて頂上へ。駐車スペースは車と屋台で一杯でした。我々は歩いてお寺まで。そして何百段とあるお寺の階段を昇っていきます。香港で歩き回って筋肉痛の足がさらに逞しくなっていってる感じ。しかも、チェンマイは朝晩かなり涼しいけど、昼間はからっとクソ暑い。山の上でもかなり暑い。汗だくでお寺参りをしました。でも、頂上の景色は、昇ってきた甲斐があります。空気は清々しいし、チェンマイ市内を見渡せるし、周辺の山々も一望できます。
元旦の夜は、ノイナーと旦那のピーター(ベルギー人)、2歳になるアメリちゃんと食事をすることに。が、全国から人が集まってきているチェンマイ、車はすごいし、どこもかしこも一杯。駐車場も満杯。有名な郷土料理の店に行きたかったのですが、案の定長蛇の列。結局、市内のレストランで食事をしました。英語とタイ語が交互に出てくる妙な会話でしたが、数年ぶりの再会に満足いくまでしゃべり倒しました。 大晦日に限って香港からバンコクに戻る飛行機が2時間弱の遅延、気が気じゃなかったのですが、国際線から国内線への乗り換えが思ったよりうまく行き、大きなスーツケースもチェンマイ便に移動してもらい、自分らも競歩した結果、ぎりぎりで間に合いました。
予定通りチェンマイに到着、スーツケースもゲットし、親友のノイナーの車で、予約済のゲストハウスに。ゲストハウスは、市内でも一番の繁華街ターペー門に近く、午後10時ごろにはすでにカウントダウンを待つ若者で溢れ返り、かなり渋滞していました。
ゲストハウスに到着し、荷物を車から降ろすと、狭い路地は渋滞していたこともあって、ノイナーはすぐに帰宅しました。で、ゲストハウスの受付に行くと、なんと「部屋はありません」・・・予約してあったし、遅めのチェックインの旨もあらかじめ言ってたのに!「来ないと思って他の人に部屋を与えました」とな!
スタッフのバカ女もさすがに自分のミスに気付いたようだけど、部屋はない。で、「今晩はあたしの部屋に泊まって、明日チェックアウトする人がいるから、それから部屋を移動して下さい」ということで、従業員の部屋に無料で宿泊することに。
チェンマイの夜はかなり涼しいのに、その従業員の部屋は薄いタオルケットしかないし、ベッドは狭いし、大晦日だけに外はめっちゃうるさいし・・・でも部屋がないよりマシ!
というわけで、2006年は暮れていきました。
香港ツアーチョンプーちゃんにとっては10年ぶり、もちろん返還後初めて、そして連れにとっては初の海外旅行に行ってまいりました。
12月29日早朝にアパートを出発、二人とも初の新バンコク国際空港スワンナプームに。ウワサに聞いていた通り、チェックインカウンターですでに長蛇の列でした。ここで待つこと1時間、そして初めて旅券を使用するお連れさんを引き連れて(なんで日本人のチョンプーちゃんがタイ人の連れを先導してんねん)、入管を通過すると、もう搭乗時間ギリギリ!さらに数少ないトイレを探して彷徨った後になんとかファイナルコールには間に合いました。
機内でのお飲み物サービスで、お連れさんは生まれて初めてのワインに舌鼓を打ちまくってご機嫌。あっという間に香港に到着しました。いうてもたったの3時間だし。
今回はツアーで申し込んでいたので、旅行会社のカウンターに向かうと、香港人のクセにタイ語がめっちゃ上手いガイドさんがお出迎え。空港ーホテル間も、ホテルーディズニーランド間も、送迎車付きで、ホテルは「空がなかったので仕方なく」予約した3つ星ホテルがめっちゃ豪華で、さらにホテルの朝食を付けなかったのが幸いして、朝から香港の港町の路地で美味しい麺屋さんを見つけて大満足でした。
オプションの市内ツアーでは、お約束の「百万ドルの夜景」ビクトリア・ピークで震えながら写真を撮ったし、思いがけずジャッキー・チェン、の蝋人形にも遭遇したし。
メインのディズニーランドも最高に楽しかった!足がつるほど歩いて、夕方はちょっと寒かったけど、ディズニーランドって、子供よりも大人が楽しむところだと思いません?小さい頃に見たことのある夢が目の前にある喜び、というか。開園当時に聞いたような、お行儀の悪い中国人もいなかったし、スタッフもすごく懇切丁寧だったので、印象はめっちゃよかったです。アナウンスは、広東語、英語、北京語の3ヶ国語。見てると、北京の方から来たんだろうなあ、というツアーと、香港周辺の人、そしてタイ人がやたらと多かった気が。うちらみたいなツアーが今ブームなんですね。
あと、思いがけず香港在住のタイ人に会って、親切にしてもらったり、意外にいろんな香港人と英語で交流ができたり、楽しかった~!以前よりも、英語のできる香港人が増えてたような気がします。初めての海外でびびってたお連れさんも、すぐに慣れて、英語も慣れてくるとそこそこ理解できるようになってきたようで、感激してました。
さらに、タイ人コメディアンの家族が、普通にツアーに参加してました。連れが、まるで友人のように親しげに話しかけてるのはどうかと思ったけど。
念のため、と大きいスーツケースを持ってきたのですが、往路は服ばっかりで半分しか入ってなかったのが、復路はなぜか満杯。思い出がかばんに詰まってる、っていうのはこういうことね、とふと思ったのでした。2泊3日のツアー、あっという間でした。
と言いたいところですが、帰りもバスで空港に送ってもらい、チェックインも済ませて、お土産も一通り買って、残った香港ドルも換金して、午後3時の出発を搭乗口で待っていたところ、なかなかお呼びがかからない。しばらくして、「エンジンに異常の恐れあり。点検中ですので、午後5時に搭乗口にお越し下さい」って、4時過ぎてからアナウンス!よかったよ、念のためと思って、この後のチェンマイ行きの便を午後8時に予約しといて、と、ほっとする一方で、何か食べようと思ったら換金済で金なし状態。仕方ないので、クレジットカードでお食事ご購入。レジを済ませてさあ、ビール飲むで!と思った瞬間、「エンジンの点検終了しましたので、至急搭乗口へ」って、まだ5時になってないのに。
というわけで、クレジットカードで買った食事を大急ぎで詰め込んで飛行機に向かいました。午後8時のチェンマイ行きはぎりぎりやな、もし間に合わんかったらタイ航空になんとかしてもらうぞ、と決心しながら、機内ではやっぱりワイン三昧なのでした。 会社の新年会12月23日は、午前中に会社15周年記念の仏教行事、つまりお坊さん9僧を招いて読経・供物を会社で執り行いました。
夕方からは、シーラチャーで随一のデパートのホールを借り切って、ニューイヤーパーティ。今年は、「国王即位60周年」の黄色と、王妃様の水色を基調にした服装、というコンセプトで開催したのですが、やはりコーディネートに苦労したようで、美しい人はともかく、女性の一部は完全に失敗作。トイレで何匹もお化けに遭遇しました。(ばーばさん、お化けの類別詞ってなんでしょうか?)
会社の行事って、毎年泥酔で暴れる人が続出なんですが、今年は警察の人数も増やして万全の体勢で。というのは、10年前に大ヒットした歌手を招いていたのです。タイと欧米系のハーフで、当時は女優としても歌手としても一大ブームを巻き起こしたのですが、そこそこしか売れていないコメディアンと結婚してからはなりを潜め、最近離婚したと思ったら今度は演歌系の歌で再出発した彼女、午後7時からの宴で、登場は午後10時。昼間ゴルフをして疲れた上司などは居眠りしてました。しかも5曲歌ってサヨナラ~時間にして45分くらい。なんでも、パタヤでのコンサートに向かう途中でちらっと寄ってみた、だけらしい。これでン万バーツかい!!
会場もそこそこ、食事もそれなり、割と盛り上がったかな、という程度の今年の新年パーティでした。なんせ、酔っ払い、しかも泥酔して言うことを聞かない上司のお守に終始していたため、思いっきり楽しむことができなかったのでした。
ちなみにこの上司、パーティが午前0時に終了後カラオケに向かい、午前2時に部下に背負われて帰宅、全く記憶がないとこのことです。年寄りでこれはやはり困りますね。
黄色と水色の衣装、歌手パメラ・バウデン&上司、そしてお化けの写真をアップしました。 |
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