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2009/1/27

そろそろ来るか

先々週の、タイにしては異常ともいえる涼しさ(寒さ)も、先週半ばに和らいできたと思ったら、急激に気温が上がってきた気がします・・・カンチャナブリの夜は涼しく快適でしたが、シーラチャーは気温が高い感じです。そろそろ、ついに、来るのか・・・

ピーク時は、毎日灼熱地獄、熱帯夜。最高気温が40度を超え、夜も30度あったりします。海辺の街なので、湿度も高く、熱い空気が体中にまとわりつく感じが、数ヶ月続くのです。不況だっていうのにエアコン付けまくって電気代すっごい消耗しそう・・・何もせずに座って仕事してるだけでも、体力の消耗度が、乾季とは違います。そろそろ心の準備をしといたほうがよさそうです・・・

蝸牛(カタツムリ)

日本のカタツムリ、アジサイの葉にちょこんと乗ってたりする、全長3センチくらいか、どんなに大きくても5センチにもならないものしか見たことがないんですが、タイのカタツムリは、異常にでかい!でかいサイズしかいないようです。お連れさんの父親のお墓参りに行った時に、初めて見たんですが、全長10センチ以上もあるんです!しかも殻は丸い形じゃなくて、巻貝みたいな感じで、日本のカタツムリの薄い、ヘタすると半透明っぽい殻じゃなくて、茶色というか濃い色なんです。肌(?)も日本のそれより黒っぽい感じだし。お連れさんに、日本のカタツムリを説明しましたが、ピンときてない様子でした。どうやらタイには、でかいサイズしかいないようです。タイのビッグ・カタツムリは、墓石をゆっくり移動して、お供えの花とか葉っぱを食べていました。初めて見た時は、確か雨季真っ盛りの頃だったと思います。それなら分かるんですが、先週末、乾季がそろそろ暑季に変わろうかとしているこの時期になんでいたんだろう?

ところで、カタツムリって、漢字で書くと、なぜ“牛”なんでしょうか?

またまたカンチャナブリ

中国正月と重なったため、先週土曜日から3連休でした。最近の不況で休日出勤も減ったこともあり、時間ができたので、と誘われてカンチャナブリに行ってきました。お連れさんの母、兄2人とそれぞれの家族、長兄の嫁側の親戚ご一行様が揃って旅行をするのは初めてだそうですが、嫁側の長兄、長姉、次姉、妹とそれぞれの家族、いとこ、姪などなど総勢約40名が、ピックアップ5台、乗用車2台に分乗し、カンチャナブリに向けて出発しました。うち大人と子供が半々くらいでした。子供も中高生からよちよち歩きの幼児まで、まさに老若男女、久々の家族旅行ということもあってか、やかましいことこの上ありません。

ピックアップを買ったばかりのあんちゃん、近所でしか乗用車を使わないので高速道路は初めて走るおっさんなどを連れて、7台が離れないように団子状態で走り続けること4時間、7度目のカンチャナブリに到着しました。日本人の私は7回目なんですが、親戚ご一行様の中には初めて訪れる人も結構いたので、橋の袂で写真を撮ってみたりと観光をするグループと、買出グループに分かれました。
今回は、市内の川沿いのレストランやゲストハウスが所有するいかだを借り切り、いかだに乗ってクワイ川の上流で停泊、一晩を過ごすプランです。40名×2食分+酒の肴をいかだの上で自炊するので、買出食料はものすごい量でした。お酒はダースで購入し、ソーダ数パック、、氷も何十キロと準備し、乗船したのは午後5時ごろでした。約10メートル四方の大型いかだが2艘繋がっていて、先頭艘はディスコホールとなっています。ミラーボウルや照明が、あらかじめディスコ仕様となっているのです。いかだを牽引する小船を運転している所有者側スタッフは、停泊後はDJに変身するんですが、船(スタッフ)によって音楽の好みが相当違うようです。

後の艘は2階建てになっていて、1階の前半分と上階は寝る場所になっています。ゴザを敷いて、小さい枕と毛布1枚で寝られてしまうタイだからできる簡易宿泊施設。1階の後側は、台所になっていて、ガスボンベも水道も付いているので、ここで調理ができるわけです。

午後5時ごろ出発したいかだは、小型ボートに牽引されること約1時間、上流のリゾート脇に止まりました。我々のようないかだが何隻も停泊するようで、リゾート側は屋外にトイレやシャワーを設置し、「お一人様10バーツ」でいかだの乗客に貸すのです。まるで、海の家みたいです。料理作りに精を出すおばちゃんたち、早速飲み始める我々、写真撮りまくりの若い娘たち、と思い思いに過ごしました。我々のいかだ以外にも、学生グループらしきいかだが数艘、後からやってきて、同じリゾート脇に止まりました。いかだの2階から遠くを眺めてみると、川沿いのリゾートがあちこちにあり、それぞれいかだを停泊させているのが見えました。

陽が沈み、いかだに灯された灯りは、ミラーボウルでした・・・若者だけのグループとは違い、年齢も性別もさまざまな我々のグループのいかだディスコは、子供たちに占領されてしまいました。我々は飲み続け、おばちゃんは夜食を作り、翌朝の朝食の下準備をし、と大忙しでした。ディスコは12時までと法律で規制されているため、時間通りに終了、踊りまくって歌いまくっていた子供達は、あっという間に寝てしまいました。

翌朝は、中国正月(25日)だったので、早朝からあちこちで爆竹の音が鳴り響いていました。ゆっくり起きて、リゾートでシャワーを浴び、お惣菜屋さん並みに多種多様な朝食を頂き、午前10時ごろいかだが市内のレストランに向けてゆっくりと動き出しました。帰りに猿の訓練学校に立寄ってショーを観た後、正午頃所有者のレストランに到着しました。

何回もカンチャナブリに来ていますが、今までとは違った趣向での旅でした。4050人くらい集まれば、プラス料理のできる人が数人いれば、楽しめると思います。以前にも、カンチャナブリの県北でいかだに宿泊しましたが、清流で自然が一杯とはいえ、あまりにも車での移動距離が長く(カンチャナブリ県の面積は非常に広い)、かなり辺境で、慣れないとちょっと不便に感じるかもしれません。今回のような、ちょっと郊外くらいが程よいかもしれません。いざとなれば、小型モーターボートでの移動雑貨屋さんもあり、お酒の追加調達もできたし、いかだの上でちょっと飽きてきた子供たちのためのおもちゃやお菓子も揃ってるし、早朝なんか、熱いコーヒーやお茶、温泉卵まで売ってたし。さらに、この季節は寒くもなく、夜間も程よく涼しくて、よく寝られました。ただ、次の連休は、カンチャナブリ以外の別の場所に行ってみたいです。

 

2009/1/14

冬の装い

先週末辺りから、かなり涼しい日が続いています。ってか、寒いんです。涼しくなり始めた頃は、最低気温15度、最高気温30度程度だったかと思います。今までなら、この位の気温が3日も続けば、また気温が元に(最低20度以上)戻るところなんですが、今年はすでに5日目。しかも日々その最低気温は下がっていきます。海辺の街シーラチャーでは、朝方かなり強い風が吹いていて、外に出た瞬間、思わず「ううっ」と唸ってしまう寒さです。今朝のお天気ニュースでは、最低気温10度、最高24度とかでした。日に日に“涼しい”から“寒い”という感じに変わっていき、心も身体もまだニッポン人のチョンプーちゃんが、今回の来タイ以来、初めて、という行動を取る必要に迫られております。

-普段はTシャツと短パンのところ、長ズボン、靴下を穿き、某ユニクロのフリースを着て寝た

-普段は会社の制服もシャツ1枚なのに、思わずジャケットを着て出社した

-会社のエアコンをつけていないのに、鳥肌が立ってしまった

・・・それでも、裸足でサンダルなんですけど(笑)だって、鼻緒がついてるマタ割れサンダルしか持ってないんだもん!ストッキングや靴下穿いて、マタ割れサンダル履くほどタイ人化してませんし!

それにしても、タイ人の服のファッションセンス、すごいです。会社は制服で、モスグリーンのシャツと黒のジャケットとロングパンツと決められているので、冬仕様にするためには、ストールやマフラーで差をつけることになります。この制服に代わったのは確か去年の年始だったと思いますが、モスグリーンがあまりにも田舎臭い色で、制服を着ても「畑仕事のおばちゃんかと思ったわ」と言われたものです。そんな色でも、アクセサリーの合せ方次第では見られるようになるんですが、タイ人のセンスが悪いのか、ただ単に日本人と感覚が違うってだけなのか、“まだ”日本人のチョンプーちゃんから見ると、ビックリしちゃうカラーコーディネートです。ドピンクの安物マフラー巻いてたり・・・そして足は、子供用か?と思うような幼稚な柄の靴下+マタ割れサンダル。自分がまだ日本人であることを再確認できる光景です。

DJの会話

最近、出勤中の車内で、ラジオを聴いています。いわゆるモーニング・ニュースみたいな感じで、あらゆる分野のニュースを、男女2人のDJが多少冗談も交え、揶揄なんかも時々挿みながら紹介していく番組を毎日聴いています。朝起きてテレビを観る時間などないし、世間の動きをある程度掴めるので、結構役に立っています。

今朝のニュースの一つは、交通事故でした。チョンプーちゃんたちの住む東部地方を中心に巡業を続けている某歌手一行(日本でいうと、ドサ周りの演歌歌手とその一行、みたいなもんか)の乗ったバスが横転、二十数名が負傷した、というものでした。

 

男性DJ:負傷したのは主に照明や音響の担当者でした。照明とか音響でよかったぁ~(完全に感情移入口調)

女性DJ:なんでよかったんですか?

男性DJ:踊り子たちじゃなくって、照明でよかったじゃんかぁ

女性DJ:(間髪入れず)なんで踊り子たちじゃなくってよかったんですかっ(非難口調)

男性DJ:だって、踊り子たち、必死で練習してきてるんだからさあ、怪我したらかわいそうじゃ~ん

女性DJ:(すかさず強い口調で)次のニュースにいきましょう!

 

日本のラジオやったら非難の声が上がりそうな男性DJの発言に、半分居眠り気味で聴いていたところに、プチッときてしまいました。

こういった差別的発言がまかり通るのがタイなのよね・・・オカマちゃんとかも、他国に比べてオープンに受け入れられているとは思いますが、誹謗・中傷を面と向かって吐かれることだって相当あるはず。それにも耐えてる彼(彼女)らって、めっちゃえらいかも。

まだクリスマスですか?

日本だったら、クリスマスまでは、もちろんクリスマスソング。クリスマスが終わり、年末までは“もういくつ寝るとお正月~♪”と、お正月を待ちわびる歌(あれ、題名は何ですか?)そして年が明けると、お正月に相応しい歌が、街中に溢れ、テレビもアホの一つ覚えみたいに流し続けます。

特にお正月を歌った伝統的な歌がないからなんでしょうか、さらに、それでも今月末の中国正月までは、お祭り気分を味わいたいということなんでしょうか、タイはいまだに“ジングル・ベル”がラジオから、デパートで、と流れております。誰も何も異議を唱えませんが、日本人にとっては、ものすごい違和感じゃないでしょうか。

確かに、西洋でもニューイヤーを歌った曲って思いつきません。でも、年明けてからもクリスマス・ソングって、あり得ないと思うんですけど・・・

ちなみに、会社内の某携帯電話の呼出音は、年がら年中“ジングル・ベル”です。

2009/1/10

引越のデメリットとメリット

3日未明にアメリカから帰国後、やっと寝付いたのは明け方でしたが、疲労と時差ボケと酔いで爆睡。気が付いたら昼になっていました。30時間にも及ぶ移動で体中凝りまくっていたので、とりあえずマッサージへ直行。

その後、部屋の引越が4日と決まったので、部屋の片づけをやりかけましたが、遅々として進まず・・・それにしても、2週間と聞いていた部屋の改築、結局1ヶ月掛かってしまってました。まあ、いつもより大きい部屋で、光熱費も割引いてもらって過ごせたのでよしとするか。

4日の午前、アパートのスタッフにも手伝ってもらって、大きな台車も使って一気に元の部屋へ戻りました。仮引越の間、なるべく荷物を解かずにそのままにしていた甲斐あって、もとあった場所に納めてあっという間にほぼ終了!アメリカからの荷物は、引越後にやっと解き、片付けを始めました。こっちの方がずっと時間が掛かりました・・・

 

引越の理由となった部屋の改築というのが、隣の部屋の増築に伴って、なんとガラス窓を壁に塗り替えられてしまったんです。今まで2面あったガラス窓が、1面だけに・・・田舎モノなので、窓から当たる陽が栄養(光合成)の素なんだけど・・・なんか圧迫感というか、薄暗いというか、マイナス感を感じずにはいられません。しかも、塗立てペンキの臭いが今もって残っていて、人工的な雰囲気が漂っています。

 

しかし!増築・改築のおかげで、アパート内のワイヤレス・インターネットの電波を無料で傍受できることが判明しました。今までモデムを借りて月額で払っていたインターネット料金が今後は無料に!これって結構すごいかも!普通のタイ人感覚というか水準と比べると、はるかに高額なうちのアパートの諸経費。中でもインターネット料金は、清水の舞台から飛び降りるつもりで(ウソつけ!)月額契約をした、ハイソな料金だったので、大助かりです。しかも電波かなり強烈。ワイヤレス、大変結構でございます。

2009/1/7

その⑲ 1月2日(日本)成田経由1月3日(タイ)帰宅

やっとのことで、日本時間の午後3時ごろ成田に到着しました。ここでも、往路より待ち時間があったので、母親に電話をして新年のご挨拶。その後残った米ドルで日本のビールを一杯!疲労もあるし、これでバンコク行きの飛行機は寝られるだろう・・・と思っていたら、甘かった。なぜか寝付けず、往路と同じ、新型で各席モニター付きの機内では、映画を観て、ゲームをして、食事をしているうちに時間が経ってしまっていました。

そしてバンコクに到着したのは、もう1日またいで3日になった午前1時ごろでした。往路より待ち時間が長かったこともあって、ファーゴを出発してから、すでに30時間経過・・・

幸い、入管は人が少なくてすぐに通過、心配していた荷物も、ちゃんとバンコクで出てきました。シーラチャーのアパートに着いたのは、午前3時ちょうどでした。

くたくたに疲れているはずなのに、時差ボケなのかナチュラルハイなのか、なんだか寝られなくて、写真をアップしたりしている間に、なんと午前5時!さすがに寝なきゃと思い、床に就いた途端に爆睡したのでした。

その⑱ 1月2日(日本)流氷

帰路は、往路以上にケツの痛い移動でした。往路はドキドキワクワク、興奮もしてるし、長時間移動の辛さをまだ分かっていない状況なので、あまり感じなかったのですが、帰路は、もう帰らなきゃいけないのか・・・という思いと、また長時間座ってるのか・・・という気持ちで、余計に痛く感じられます。

寝たり起きたり、時計を何度も見直し、出される食事は全部食べ、と繰り返すこと約6時間、母親が「アリューシャン列島の上をと通るから、流氷が見えるのよ!」と言っていたのを覚えていたので、後方の窓をそっと開けてみました。窓の下は、森林でもなく、真っ青な海でもなく、住宅街でももちろんなく、流氷で覆いつくされた北の海!非常に美しく、壮大な光景です。疲れも癒されてしまうほどの美しい光景に、しばし見とれてしまいました。頭の中では、“宗谷岬”が廻っていました。いつか、流氷が軋む音も聞いてみたいです。

 

その⑰ 1月1日(アメリカ)離米

荷物は前日のうちに準備ほぼ完了してあったのですが、ここ数日は超のつくくらい寝坊が続いていて、二日酔い気味も手伝って、午前6時、必死で起きました。

予約してあったタクシーで、7時ジャストに空港に到着し、まだ人の少ないカウンターでチェックイン手続に入りました。往路は自分のスーツケース1つだけだったのに、お土産に衣類やお菓子を買いまくって、復路は弟にもらったでっかいバッグが増えてしまいました。チェックインカウンターで手続をしてくれていたおばちゃんが、「2つだと重量制限内なんだけど、1つは重すぎるから、荷物を分けて重量を均等にして」荷物を一旦引き取り、空港の隅でスーツケースを広げて荷物詰め直し・・・1度目の詰め直しは「まだ重い!」のでやり直し、2度目でやっとパス。他のチェックイン客、どう見ても制限超の荷物引きずってきてると思うんですけど、なんでさっさとチェックインできてしまうんでしょうか。フツーに超過料金払ってるんでしょうか。

やっとチェックインも終わってへたり込んでいると、弟とルームメイトが見送りに来てくれました!嬉しいことです。寝ぼけててすまんのう。

こうしてチョンプーちゃんとお連れさんは、ファーゴを後にしました。前回も思ったんですが、米国への入国は難関でしたが、出国は拍子抜け。っていうか何にもなし。出国のスタンプさえないんですよ。

往路よりは大きい機体でミネアポリスに到着し、だだっ広い空港の中を、またもや歩きまくり。トラムに乗って、さらに歩きまくって、搭乗ゲート前で出発を待ちました。

英語が超苦手なお連れさんが、隣同士の席じゃないとイヤだとダダをこねるので、インターネットで席を予約したりしている間に、ゲートには人がどんどん集まってきました。成田をトランジットしてシンガポールに行く便で、さらに成田から、バンコクの他にもアジア各地への乗り継ぎ便も出ているようで、とにかくいろんな人種、いろんな国の人がどんどん集まってきます。観ていて飽きない光景です。

やっと搭乗した飛行機は、往路と同じ、でっかいけど古い型でした。これでまずは成田を目指します。

その⑯ 12月31日(アメリカ)カウントダウン

チキンをたらふく頂いた後は、弟のアパートからすぐのバーTURFへ。年末です!カウントダウンです!ノースダコタ州では未成年のルームメイトには申し訳ないと思いつつ、バーへゴー!バーはすでにかなり盛り上がっていて、いきなりレイ(首輪)を配られました。弟は、7年もこの地にいるだけあって、知合いだらけ。弟の人徳でもあるんだと思います。バーで誰かとケンカしても、次に会う時には普通に挨拶しちゃうようだし。

カウントダウンまであと1時間の時、ノースダコタより1時間早いニューヨークはすでに新年を迎え、テレビの中のタイムズスクウェアではコンサートが行なわれ、人がひしめき合っておりました。そしてバーでも新年おめでとう~!もう、誰彼なしにハグしまくり~!乾杯しまくり~!

それにしても、紹介してくれる弟の友人らは、もちろん私より年下の人がほとんどだろうけど、とにかくでっかいのよ・・・カップルの両方が2メートルはあるんちゃうか、ってくらいでっかい。一緒に写真撮ると、チョンプーちゃんは人形みたいにミニサイズになってしまいます。話す時も、彼らは子供と話す時のように屈んでくれるし・・・とほほ。そして、友人らの一部は、私を弟の“姉”でなく“妹”と思っていたみたいです・・・いい方に考えれば、若く(幼く)見えるってことよね!と自分に言い聞かせ・・・

バーを出ると、いつのまに作ったのか、お連れさん作のかわいい雪だるまがちょこんと座っていました。ちゃんと目もついてます。これも記念にパチリ。

その⑮ 12月31日(アメリカ)激辛チキン

弟が「是非これを食べてもらいたい!」と連れて行ってくれたのは、フライドチキンのお店でした。先ほどの飛行機博物館や、全焼タコベルのそばにある、一見いかにもアメリカンなスポーツ・レストラン&バーみたいなお店ですが、手羽先と手羽元を使ったフライドチキンにからめるソースが20種類くらいあり、メニューにはその辛さの度合が表示されています。名前からして、暴発しそうな辛さが想像されます。私とお連れさん、弟とルームメイトに分かれ、それぞれ5種類づつソースを頼んでみよう、ということになったので、「とりあえず辛いのから順番に5種類」注文してみました。

思っていたよりも、なんだか塩辛いだけじゃないか?といった味、酸味の強い味、辛いようで甘みが勝ってしまっている味、と “ききチキン”いや“ききソース” の評論家にでもなった気分で食べていましたが、2番目に辛いソースで何となく辛くなってきました。弟も、このソースで頭頂部に強烈な痒みを感じたようです。辛さに対する反応はきょうだい同じということでしょうか。一方チョンプーちゃんよりも辛いモノが平気なお連れさんは、このソースも「そんな辛いかな?」との感想。

そして、最強の激辛ソースは、確かに辛かった、というより痛かった。でも、タイ料理の辛さとは違って、ほんまにストレートに、ヒリヒリする辛さでした。タイ料理の多くは、辛い中にも甘味があり、酸味があり、ナムプラーの香りもしているのですが、これはシャープに辛かった・・・

ここでも弟の警告。激辛チキンを食べた手で、鼻をほじってはならんそうです。

その⑭ 12月31日(アメリカ)観光らしいことをしてみた

昼頃からまたモールへ行って買い残したお土産などを買い込み、モール内にある、向井千秋さんのご主人も訪れたという“ロジャー・マリス博物館”を見学しました。モールの片隅にある、通路沿いの小さなショー・ルームには、ファーゴの誇りロジャー氏の数々の遺品が展示されていました。この前スポーツ洋品店に行った時も、建物の壁にロジャー氏の大きな彫刻があったし、扱いは明らかにベーブ・ルースより上です。

次に、町外れにある“ボナンザ・ヴィル”訪問。年末で人が来ないから、閉館して帰ろうとしていた管理人が、博物館に入って行く我々を運良く見つけてくれて、入館できました。この辺りの原住民であるインディアンの生活様式と、後に侵略してくる白人に関する歴史博物館みたいなもんでしょうか。上述インディアンに関する歴史小説を読んだことがあったので、非常に惹かれるモノを感じ、ますます勉強してみたくなりました。地名も明らかに英語ではなくてインディアンの原住民の言葉を英語で綴ったものが多く、自称言語オタクのチョンプーちゃんにとってはとても好奇心をくすぐられるものでした。

次に向かった、空港に隣接する飛行機博物館は、年末のため半日で閉館だったので、夜になってからライトアップされた零戦を写真に撮りました。飛行機博物館のすぐ横には、前の週に両親が来米中、火災で全焼したタコベル。両親の泊まっていたホテルのすぐそばだったため、両親はその模様を撮影しているようです。

一旦荷物を置くためにホテルに戻ると、軒先に氷柱。お連れさんにはもちろん初めての経験です。雪と同様、とりあえず食べてみました。

その後、弟の車で、アメリカに来て初めての給油を体験しました。クレジットカードを差込み、自分で給油します。素手で給油レバーを触ってはダメだ、とは実体験に基づく弟の警告です。

この日の石油価格は、たしか1.89ドル=64.26バーツ。ただし、単位はガロン(=約3.8リットル)です。リットルあたりに直すと、約0.23ドル=17バーツ。現在のタイが20バーツ半ばだから、それよりも安いですなあ。ただ、都会に行けば、もっと高価格なのかもしれませんが。

その⑬ 12月30日(アメリカ)ついにタイ・ヌードルを!

ラケットボールをした後、弟にタイのヌードルと野菜スープを食べてもらいたい!と再度タイ料理を作ることにさせてもらいました。またもアジアンストアへ。弟に食材の場所を教えつつ、ヌードルの準備も万端に整えてアパートに戻りました。弟のご友人にも声を掛けてもらい、しつこくタイ料理ディナーです。

いつも手際のいいお連れさん、次々と料理をこなしていきます。味付けも不足なく強烈で、クセになってしまう味です。チョンプーちゃんは周りをうろうろするだけで、完全に足手まとい。この日は、ケープ・ムー(豚皮揚げ)&唐辛子ペースト、ウズラ玉子の目玉焼きをオードブルに、昼間もレストランで頂いたパネーンの再生+もっと辛い味、東北料理のラープ(ひき肉の辛酸味炒め)、トムカーカイ(鶏肉入ココナッツ・スープ)、辛い料理の口直しにとモヤシとエビの炒め物、そしてヌードルと野菜スープと、超豪華なラインナップです。インスタントの食材を使っているとはいえ、小一時間でこれほどできるとは、すごいです。改めて見直したよ、お連れさん。

ニッポンのビールも調達し、ご飯も炊いての食事は賑やかになりました。弟には、とりあえずヌードルを。「これや!これ!」と雄たけびを上げて食べる姿は、シェフ冥利に尽きるってもんです。辛いものはちょっと・・・と言っていた弟のルームメイトも、かなり辛い味付けにしていたはずのパネーンを次々と食べてくれたし、ご友人のタカシさんも、ご飯を何杯もおかわりしてくれました。シゲさんも汗を拭き拭き、ビールをぐい飲みしながら食べてくれました。小さなお釜は空になり、炊きなおすほどでした。異国の地でタイ料理がこんなに喜んでもらえるなんて、チョンプーちゃんも嬉しい限りです。

食後には、昼間のシーフードサラダに、スルメイカも頂きました。弟はシーフードサラダの汁が病みつきになったようで、保存用にまでしていました。巨大スルメイカも、新鮮なだけに香ばしく、ビールが進みました。

その⑫ 12月30日(アメリカ)ラケット・ボール

この日も、夕方から女子バスケの試合の予定が入っていたため、早目の昼食を取っていたのですが、食事中に弟の携帯電話に、「大雪で相手チームが来られないため、試合中止」との連絡。午後の時間が空きました。それでは運動するか、ということで、シゲさんも誘って、最近弟の中で大ブームのラケットボールをしに行く約束をしました。足親指を骨折中だから見てるだけにする、というお連れさんの分もとりあえずウェアを借りて、大学内のウェルネス・センターに向かいました。この頃には雪も止んで、きれいな青空が広がっていました。

弟のアパートを出たとき、雪かき車、というか大きめのジープみたいな車の前に雪かき羽(?)をつけた車が、道路の雪を掻いて、道路脇に寄せていました。そういえば、ホテルの前でもでっかいブルドーザーが駐車場の雪を空き地に寄せて山積みにしていました。アパートの前で雪かきをしていたおっちゃん、弟の知り合いだったようで、ここでも記念撮影をさせてもらいました。普通の車にオプションとして装着しているとのことでした。これで雪かきのアルバイトなんかをする学生もいるようです。

どでかいウェルネス・センターの中には何十台もの筋トレ器具、ロック・クライミング用の人口岩、半地下にはラケット・ボール・ルームが4部屋も!更衣室ももちろんシャワー付きで広い!日本の大学でも、規模の大きいところはこんな感じなんですかねえ。

とりあえず着替えて、借りたラケットを握ってみます。部屋中の壁から跳ね返ってくるボールを打つんだから、難しいっちゅうの!足が痛いなどと言っていたお連れさん、あんたが一番動いてたってば。そんな私は、「こんなに運動音痴とは思わんかった」と弟に言われてしまうくらいに体力の低下が著しく、自分の体のためだけでなく、家系の威信に掛けても運動の必要性を感じたのでした。

結果は、足はもつれる、ボールは当たる、初心者なのにやたらと要領のいいお連れさんには怒られるで、散々でございました。お連れさんは相当に気に入ったようですが、タイにはまだないよなあ。

ところで、ここ数年の韓流ドラマでは、ラケットボールが頻繁に出てきます。彼女とのデートも、恋のライバルとの対決も、失恋の怒りをぶつける時も、ラケットボールです。この日も、男性1名、女性2名の韓国人グループが来ていました。

我々は着替えてすぐに帰ったのですが、ごっつええ加減なグルジア人をルームメイトに持つシゲさん、家の水道が止められることもあるとかで、更衣室のシャワーを浴びて帰ったようです。

その⑪ 12月30日(アメリカ)タイ料理レストラン

タイ料理レストランの中は、いかにもタイ的で、高級感のある落ち着いた内装でした。弟の欲していたヌードルや野菜スープなどの庶民派料理でなく、宮廷料理ともいえそうな品揃え。厨房にタイ人らしき男性を見つけたのですが、ウェイトレスとの会話を聞くと、タイ語アクセントがまるでない流暢な英語を話しています。彼曰く、もともと軍隊にいたが辞めてLAに留学、以来アメリカに住んでいるとのこと。現在は大学の博士課程で勉強中だそうで、奥さんも帰りたくないというし、ここ5年はタイに帰ってないそうです。アメリカ人シェフが里帰り中のため、このタイ人男性が厨房を預かっていたようです。

本場のタイの味を頂きたくて、「辛いやつ、お願いします」と注文してみました。トムヤムクン、パネーン(ココナッツカレーの一種)、タイ風シーフードサラダ、パッタイ、エビのさつま揚げ、どれもアメリカ人好みの少し甘めにもかかわらずパンチの効いた辛味が美味しかった!特に、タイ風サラダは弟大絶賛!汁を啜りまくってました。

その⑩ 12月30日(アメリカ)吹雪

朝起きると、まずカーテンを開け、駐車場を見下ろすお連れさん。昨夜の雪は、車の上に何十センチも積もっていました。撮影大会続行です。車の所有者が雪の中をゆっくり歩いてきて、車の雪を払い、エンジンを掛けて暖め、出て行くまでの様子をずっと見ていました。

今日は、タイ料理レストランに行く約束をしていて、10時過ぎに弟に迎えに来てもらいました。この辺りに2軒あるうちの1軒、“リラー”というレストランです。もう1軒の“オーキッド(蘭の花)”とどうやら姉妹店のようです。泊まっているホテルは、いわゆる市街地にあるんですが、少し郊外に出て行きました。それにしても、すごく寒い。車もなんだかなかなか暖まらない感じだったし・・・靴の裏についてきた雪が車の中に残ってるんだけど、融けないし・・・車を下りて外に出ると、これは吹雪といえるんでしょうか、雪が降ってる上に、風が吹いてます~!寒いっていうより、剥き出しの皮膚が、顔が痛い~!息が出来ない~!そんな中でもタバコを吸う人・・・そこまでして吸いたいのか?でも多分、この程度のは、ブリザードでもないんでしょう。ほんまに吹雪が来たら、こんなどころじゃないと思われます。

その⑨ 12月29日(アメリカ)初めての降雪

この日、夕方頃から、「今晩は雪が降るよ」という話を聞いていました。バスケの試合が終わって、治療も終わったのが9時半ごろだったかな。ぎゅうっと冷え込む感じがしていました。

弟のアパートで、今夜もタイ料理。昨晩のメニューに、弟がタイで食べたことのあるバジル炒めを加えてみました。ご飯が進むこと進むこと!トムヤムクンは、昨晩の透明スープに、ココナッツミルクを加えてコクのあるスープを頂きました。

食事途中で窓から外を見ると、雪が降ってる!外に飛び出すお連れさん。人生で初めてだもんねえ。子供のように、というか“雪やこんこん”の歌詞の犬を想像してしまいました。まさに犬は喜び庭駆け回る状態のお連れさん。写真撮る撮る!本当に嬉しそう。連れて来た甲斐があったっちゅうもんですよ。私まで嬉しくなりました。もう、雪の上を転がって大喜びです。

お腹が一杯になったところで、弟の行きつけのバーに連れて行ってもらいました。止まない雪に、興奮が止まないお連れさんは、バーの駐車場(タダの空き地ですか?)でも転がりまくってます。

バーでは、ダーツをやってホテルに帰りました。ホテルへの帰路も、お連れさんは、雪が車に向かってくる光景をずっと眺めていました。日本の雪よりもずっとパサパサというか、軽い感じで、深々と降り積もる、という感じではなく、ふわふわと落ちてくる、ってイメージに近い感じがしました。

ホテルに戻ってからも、写真撮影大会は続きました。2階の部屋の窓から駐車場を見下ろすと、止めてある車にどんどん雪が積もっていきます。不思議な光景に目を奪われ、買い置きのカップヌードルをすすりながら写真を撮っていました。

その⑧ 12月29日(アメリカ)女子バスケ観戦

この日は昼頃から、弟にスポーツ用品店に連れて行ってもらいました。ファーゴの、というかノースダコタ州立大学のマスコット、バイソンのグッズの大コーナーがあるところです。ここでもやはりセールだったみたいで、30%ほどディスカウントになっていた帽子やシャツを中心に購入しました。

その後は、弟のアパートにお邪魔して、気になっていたプレステ2で遊んでおりました。日本で言う戦国無双でしたか、サムライが敵をぶった切りまくっていくゲーム。お連れさんがこれにはまってしまい、放っておいたらお手洗いに行くのも忘れて、一人で戦い続けてます。英語が読めなくても、どんどん進んで行けてしまうのは、世界共通、ゲーム好きの本能なんですね。

夕方、シゲさんのトヨタ車でまたアジアンストアに連れて行ってもらい、タイ料理の準備をした後、本日は弟がアスレチック・トレーナーとしてお世話をしている、大学の女子バスケチームの試合を観に行くことにしました。タダ券を頂き、運良くバイソン・カラーの黄色のセーターを着てきたお連れさんと共に、観客席に。年末年始休暇で学生は帰省していても、地域に根付いているんですね、バイソン。近所のおっちゃんやおばちゃんが、マイ・チェアーなど持参して、小さな子供もバイソン・ファッションで応援に来ていました。

本当に久々にバスケの試合をライブで観ました。試合内容は・・・負けちゃったけど、7人でよくやったと思います。試合後、弟のオフィスで待っている間、治療に来る選手を眺めていましたが、みんなでかすぎるよ・・・うちの会社のヨン様190センチを軽く超えてます。そしててきぱきと治療をする弟。弟の仕事道具は、私だったら引きずってしまいそうなでっかいケースに、治療道具なんかがぎっしり詰まっていました。すごいなあ。

その⑦ 12月28日(アメリカ)タイ料理

夕方また弟に迎えに来てもらいました。昨夜やっと届いた荷物に入っていた冬服を装着し、唐辛子ペーストとスルメイカを持参して出発。

3年前になるのか、タイに来てタイ料理に開眼し、以来タイ料理を求めて彷徨っていた弟に、タイ料理を作ってあげよう!という主旨のもと、カンボジア人がやってると思われるアジアンストアでウズラ玉子、エビなどを購入し、本日はタイ料理BYお連れさんです。

昨日のたこ焼き器をヒントにして、ウズラ玉子でプチ目玉焼き。これはナイスアイディア!プラスしてトムヤムクンと揚げ豚で簡単な夕食を頂きました。弟のルームメイトは、ウズラの目玉焼きがお気に入りのご様子で、玉子を剥き剥き、焼き焼きしていました。

早目にホテルに戻り、買っておいたビールをさらにちびちび。ちょっとの間外に置いておくだけでチルド状態になるなんて、冷蔵庫よりもすごいじゃん!とお連れさん。当然です。冷凍室にいるようなもんなんですから。