個人檔案タイって素敵!相片部落格清單 工具 說明
2008/10/31

午前様

1029日は、お連れさんの誕生日でした。我が姪っ子のももちゃんと同じ日です。信心深いお連れさんは休暇を取って、まず貝(子沢山祈願)・鰻(滑らかに順調な人生祈願)・亀(長寿祈願)を池に放し、9僧に食べ物を献じて読経をあげてもらいました。

夕方からは、親しい友人ら男性8人、女性6人の計14人で、お気に入りのレストランで食事会。ケーキも頼んでおいたのですが、生バンドでハッピーバースデーを演奏してもらい、お店のスタッフからも祝福の言葉をもらって、お連れさん本人は有頂天。私はといえば、ヨッパついでに久々にステージに上がって歌を披露してしまい、中国人と西洋人のお客様から拍手を頂きました。7時半頃から食べ(飲み)始め、ジョニ黒2本(750ml×2)、ジョニ赤1本(リットル瓶)が空になった12時に散会。さらに暖かいお粥なんかを食べてから帰宅し、寝たのは午前1時。めっちゃ久々に平日の午前様でした。翌日は朝から絶不調。声出ないし。午後になると、なぜかナチュラル・ハイ状態になってきましたが、仕事が終わって帰宅した途端に脱力。爆睡しました。

学生時代は、朝まで飲んで、そのまま授業に出て、午後からはバスケ部の練習、さらに夕方にはバイト、終わってカラオケに駆けつける、なんてこともやってました。あんな体力と気力、どこから湧いてたんでしょうか。

2008/10/30

17年ぶりに連絡が!

今日、GEEにメールが届いていました。ハンドルネームだけでは全く分からなかったんですが、なんと!高校2年の時同じクラスだった男の子(ってもうおっさんやけど)。同じ高校の卒業生を検索してて見つけたらしいんですが、高校卒業以来連絡取ってなかったし、彼と個人的に連絡取ったこと、なかったと記憶してるんですが、いきなりやったんで、めっちゃびっくり!関西の某大学に進学して、20代半ばで結婚したって風の便りに聞いてたけど、まさか連絡が来るとは!私のことを覚えてくれてたってのもびっくりしたし!

彼に関して一番覚えているのは、授業中に一番壁際の席で寝てて、夢の中でボールが飛んできたので避けたらしく、頭を思いっきり振って壁にぶつけてたこと。(ゴメンよ、こんなことばっかり覚えてて)

プロフィールを覗いてみると、先述の通り20代半ばで結婚してたと思うのに、「独身」って、聞くに聞けへんやん・・・それともGEE用プロフィール?

雷雨のボルテージ最高潮

現在雨季も終盤戦、雨季初期に比べると雷雨の頻度も激しさもボルテージは最高潮です。今年は去年に比べて雨季の明けるのが遅く、ボルテージも高い気がします。

というのは、停電の回数が、今年は多いのです。去年までは年間1回あったかどうかという程度なのですが、今年の雨季だけで、工場内の停電がすでに3回あり、うち1回は4時間に渡る長時間の停電でした。工業団地内の発電所から、団地内の各工場に向けて送電しているのですが、その発電所の送電装置に落雷したそうです。降雨のためただでさえ薄暗く、しかも夕方の残業中で、待ってる間にどんどん暗くなってくるし、エアコンももちろん切れているので汗だくになってくるし、トイレの水まで止まってしまうし、散々でした。また、先週末には、近所の工場に落雷し、変圧器が使えなくなりました。現在ウチの工場の予備変圧器を貸し出しています。

カオ・ヤイでのキャンプ中、さらにロッブリーでの宴会中も、雨は降りましたが雷はありませんでした。激しい雷は、シーラチャー付近だけなんでしょうか。激しすぎて、メルヘンチックな気分どころじゃないし、雷が工場の周りで鳴りまくってるので、仕事に身が入りません。

虹を見たかい

今回、カオ・ヤイでもロッブリーでも虹を見ました。久しぶりに見た気がします。雨上がりの澄んだ空気の中にそっと現れる虹を見ていると、何となくホッとするというか、嬉しくなるというか。

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今年もカチナ衣献上@ロッブリー

カオ・ヤイで雨キャンプの後は、昨年11月にも訪問したロッブリーへ。会社の先輩宅近くの寺院で、トート・カティン(カチナ衣献上、カチナ衣とは僧侶の黄色い衣)に参加するためです。旧暦の11月頃の行事で、檀家っていうか、その寺院に馴染みのある人たちが、それぞれ会社や知り合いから寄付金を集め、日を決めて寺院に献上するのです。集めた寄付金は、カチナ衣献上だけでなく、寺院の修繕費などにも使われるようです。友人や知人が、突然封筒を持って現れ、「寄付して」って頼まれたことがある方もいると思います。この寺院だけでなく、全国の寺院で行なわれているカチナ衣献上祭への寄付をすることにより、徳を積むことができるのです。

 

といっても、メインは献上祭の前夜に先輩宅で行なう“どんちゃん騒ぎ”。何があっても酔っ払っている先輩ヨン様の意味不明なナビのせいで、カオ・ヤイから2時間で到着する予定が3時間掛かりましたが、昨年もお伺いした先輩宅に昼前に到着しました。先輩宅では宴の準備がすでに始まっていました。去年はすでに焼けた状態にしかお目にかかっていなかった子豚の丸焼き、今年は、市場から仕入れてきてピックアップの荷台に載せられたナマ豚とご対面。

昨晩からカオ・ヤイで降り続いた雨でベタベタになっていたテントを乾かしつつ、木陰にテーブルを椅子を置いて、魚の塩焼き、魚の辛酸スープ、魚のすり身揚げ、そして子豚ちゃんに舌鼓。休日はこうでなくっちゃ。

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午後遅くに、先輩宅から数百メートルにある、パーサック・チョンラシット・ダム(というかでっかい貯水池)に、酔っ払いセット(氷、ビール、ソーダ、ウィスキー)を持って向いました。子供たちは水遊び、おっさん達は宴会です。去年11月に来た時よりも水かさがかなり高く、去年ピクニックをした空き地は水の底でした。

夕方になって、なんとなく風が強くなってきたので先輩宅に戻り、宴会準備を始めました。どこで借りてきたのか、カラオケセット登場。コンピュータ、スクリーンにスピーカーを、庭に設置したところで、いきなり土砂降り!急いでガレージを片付け、カラオケセットを移動させ、干していたテントを仕舞いましたが、すごい勢いで降る雨に、皆濡れネズミになってしまいました。

ともあれ、準備万端で、カラオケ大会が始まりました。昼間の子豚ちゃんは、腕、足の部分などをさらに炒めたり煮込んだり、新たなメニューに姿を変えてテーブルに。近所の人も集まってきて、会社の先輩ヨン様の息子と仲間達は、最近流行のポップスを、おっちゃん・おばちゃんは演歌系を、知り合いだろうが初対面だろうが、マイクの奪い合いでした。またも夜中まで大騒ぎでした。

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翌日の献上祭は、ほとんど寝坊で、寺院に行かなかった人も。何しにロッブリーまで行ったんだか・・・

寺院での献上祭の様子は、とても盛況でした。バンコクやその近郊からも大型バスを連ねて訪れるグループも大勢おり、寺院のご近所さんである先輩達は、食事を作って振舞っていました。寄付に対する謝礼というところでしょうか。

昨年の献上祭では、目標60万バーツのところ、100万バーツを越える寄付があったそうです。寺院の建物や周辺が去年よりきれいになっていたのは、この寄付金のおかげなんだと思います。タイ人の信仰の厚さを目の当たりにしました。

 

山ヒル

カオ・ヤイでの敵は、野生の象、野生のトラ、野生の水牛なんかじゃありません。“ヒル”。タイ語では、水中にいるヒル(プリン)と、山にいるヒル(ターク)は別の単語なので、“陸ヒル” “山ヒル”とでも言えばいいんでしょうか、もちろんどちらも血を吸います。毒があるわけではないようですが、なんせ血は出てなかなか止まらないし、痛痒いし、決していいものではありません。去年は、泥酔のままトイレに行ったヨン様、用を足している間に足の指の間に“ターク”がくっ付いていました。

雨季に頻出するようで、雨季が終わっていた去年よりも、今年は特に要注意!と言われていました。

夕方、芝生にゴザを敷いて食事を並べていたところ、薄ピンク色の輪切りハムに黒い粒が。「うわ~!タークや~!」とハムごと投げ捨てて事なきを得ましたが、食事しながら皆キョロキョロ落ち着きませんでした。

さらに、夜間になって、酔っ払いテントの中でも発見!誰かがトイレに行った際に連れて帰ってきてしまったようです。幸い誰も血を吸われなかったようですが、雨季の山は、気を付けないといけません。

今年もカオ・ヤイ

先週末は、チュラロンコン大王祭から続く4連休だったので、昨年にも行った国立公園カオ・ヤイ(訳すと「大山」なんか面白くないわ・・・)にキャンプに行って来ました。去年の同じ日に、車1台で5名でのミニ・キャラバンで行きました。今年は、それぞれの家族を連れて、総勢12名、テント4張の大所帯。出発から、おっさん達は酒を飲み続け、青春真っ盛りの中学生男児4名は若者の歌を歌い続け、車中は賑やかなものでした。

 

去年の同日、すでに雨季は終わっていて、日が落ちるとかなり肌寒い、いわゆる乾季に入っていました。が、今年は、「雨季の終わり」状態で、この時期がもっとも土砂降りが多い、つまり洪水が発生しやすい時期に当たります。雨季が終わっていることを予測して、前々から車の整備をしたり、テントや調理道具を買い足したりしていたし、子供たちも楽しみにしていたので、雨が降らないことを祈りつつ出発したのでした。

 

朝から薄曇で陽射しがない分暑くない天気の中、シーラチャーを出たのが10時ごろ。道中ずっと薄曇が続いていました。カオ・ヤイに上る手前のプラチンブリ市内で昼食を取り、キャンプ用食料を買い込んでいるところへ、にわかに雨が降ってきました。それでも引き返すわけには行きません。車は山へ、山へと向かって進んで行きますが、雨脚はどんどん強くなっていきます。

 

山の中腹辺りに差し掛かったとき、前回も目撃した猿が、群れるでもなくポツポツと道端に出現し始めました。子供は大興奮!あっちにも、こっちにも!しかしカオ・ヤイの猿はふてぶてしいというか、人間を怖がらないのか、車の前を平気で横切り、クラクションを鳴らしても、小猿を抱いたまま、涼しい顔で道路のど真ん中に座り込んでいるのです。車がわざわざスピードを落として迂回しなきゃいけないなんて・・・

 

止まない雨を眺めながら、今夜は車中泊かも・・・と思いながら、キャンプ場に到着すると、晴れ間が出てきました。キャンプ場の芝は乾いてたし、この周辺は雨が降っていなかったようです。昨年ほどではないけど、かなり混雑していました。早速テント設営場所を確保して、寝床の準備+食事の準備+早速飲み会。今回もチンちゃんとアイちゃんが一緒だったので、キャンプ場そばの浅瀬で二人の水遊びを監視。二人とも、風邪気味なのに唇が青くなるまで遊んでいました。

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水遊びを終えて食事の支度をしているところへ、野生の鹿がキャンプ場の中を颯爽と疾走。昨年は、寝ている間に食事の残りモノを食べられた音を聞いただけでしたが、今回は真昼間からご登場です。子供たちはまたも大興奮!鹿は知ってか知らずか、我々のテントの脇を走りぬけ、川をじゃぶじゃぶ向こう岸へ渡って行きました。

遊んでいる間にチンちゃんたちのお母さんが準備してくれた食事を一通り食べ終わった頃、夕闇がやってきました。暗くなる時間帯が早まり、まさに日本の「つるべ落とし」のようにあっという間に暗くなってくるようになりました。乾季が近づいているのが分かります。片づけを終え、先輩達が飲むぞ~!と気合を入れていたところ、雨。しかも大粒。あっという間に雨は激しくなり、皆急いでそれぞれのテントに入りました。子供と早目に就寝テント、何が面白いのかずっと大盛り上がりの中学生テント、そして酒盛りテントと分かれ、止まない雨の音を聞きながらそれぞれ夜を過ごしました・・・っていうか、酒盛りテントがうるさ過ぎて、子供が寝られませんでした。

 

朝になっても、雨脚は強くなったり弱まったりを繰り返して止むことはありませんでした。小雨になるのを待って急いでテントを畳み、荷物を車に積んで、カオ・ヤイを後にしました。山を降り始めると、途端に雨は止み、陽射しが差し込んできました。どういうことやねん・・・

 

2008/10/29

タイ国鉄の実情

通勤路にまたがる二本の線路。バンコクとレムチャバン港間を結ぶ国鉄の、往路線と復路線が、50メートルほど離れて敷かれています。

コンテナが何十個と繋がった貨物列車が、数時間に1本のペースで通過しています。各路線には2畳ほどの広さの小さな掘立小屋がそれぞれ立っているのですが、電車が来ると、いわゆる見張小屋の中で何か操作をして踏切の開閉を行なうのです。つまりはマニュアル。操作をしている人は、国鉄職員、つまり公務員です。立派に公務員の制服を着たおっちゃんが、それぞれの小屋に常駐しています。といっても、朝どこからかバイクでやってきて、椅子と扇風機を小屋の外に持出してタバコを燻らし、近所の物売りのおばちゃん達とだらだらお喋りし続け、日が暮れるとまたバイクでどこかへ帰って行く毎日。夜間も列車は通過していますが、踏切なしでコンテナが長々と通り抜けています。

タクシン元首相がまだ羽振りが良かった頃、親族の会社が開発すると公表しており、近々整備が始まるかも、などとちょっと期待していたんですが、今やそれは夢のまた夢。もう誰も期待してませんし。

公務員の給料が格安(民間の半分以下!)なタイですが、こんな無駄遣いってどうなんでしょう。

2008/10/20

妄想告白劇場

若い頃の妄想(一部現実混濁)が蘇る記事を発見しました。

 

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=60&id=641883

 

現実だったかもしれないあの日の出来事、あれはもしかして夢やったのか?

いいんだも~ん!いくつになっても夢見るのは自分の勝手やも~ん。

2008/10/18

こんな上司のいる会社の将来は

<アル中上司改めアルツハイマー上司>

2年半の出向生活が、今年いっぱいで終わることになったアル中上司、どうせもうすぐ帰るんだから、と言い切り、もともと何に対しても興味なし、無関心、気が利かない性格だったのが、輪を掛けてひどくなってきて、仕事その他全て放棄状態になってきました。業務にももちろん支障が出まくっていて、他の上司も、タイ人マネージャーも皆呆れています。アル中上司どころか、アルツハイマー上司です。傍目に見ても、目がイっちゃってるので、工場内のワーカーからも「あの人もうあかんのと違う?」と言われている始末です。無関心で、頭の回転もどんどん遅くなってきていたこともあり、在タイ2年半で、覚えたタイ語は10語にも満たないようです。

 

ちなみに、アル中上司に替わる上司が来る予定は、今のところありません。ともかく、アル中上司がいない方が、タイ人間での仕事もスムーズに行くかもしれない、と皆期待してしまっています。それくらい、ひどい症状の人を数年出向させていた本社にも問題あると思うんですけど・・・

 

<ゴマスリ上司>

ゴマをするのが職業になっているゴマスリ上司ができる仕事は、本当にゴマをするだけだということが、最近分かってきました。それ以外のことができないのです。直属部下の面倒は非常によく見ていますが、そんなもんリーダークラスでできることであり、ゼネラル・マネージャーあるいは取締役として、会社全体を見る目は全くありません。

 

お客様に対するミスは、自分の部下でなく、他部門の責任となります。直属の部下は、何が何でもかばい続け、とはいえ理論などないもんだから、ゴリ押し+ゴネで、別部門に罪を着せてしまうのです。自分はというと、被害者意識がずば抜けて高く、社内では「俺は被害者」として他部門を攻撃、お客様に対しても、「あの部門のせいでミスしたんです」と言った言い方で、とりあえず謝っとけ、的態度。ここまで徹底してると、ある意味尊敬しますけど。

 

VVIPに対してプライドはないのか?と思うくらいに「媚びへつらう」その態度、米搗きバッタのようにとりあえず頭下げて謝る姿勢、勝手に勘違いして1人でキレる、または上司の指摘に対してすぐに逆ギレする幼稚さが、ここ数ヶ月で非常に顕著に出ていて、言っちゃ悪いが、頭悪い。すごく悪い。回転はしてるみたいだけど、普通の人の回転とは全然違う方向に回転してる感じで、部下の報告も、勝手に思い違いをして、情報の精査も何も、1人で空回りのお祭り騒ぎ。こんな上司じゃ、部下が育ちませんよね。経営者目線でモノを見られないから、本人も成長しないだろうし。致命傷は、その状態に本人が気付いてない点。本人はのぼせて舞い上がってますから。

 

先月末のVVIP来タイ時、張り切ってスケジュール作って、VVIPのワガママも聞きまくって、「疲れてるけどガッツで頑張ってます!」といった脳みそも筋肉みたいな体育会系のノリで奔走していたのですが、過密スケジュールのためバンコクのホテルに泊まりました。田舎モノだからなのか、身体を心配したVVIPに「バンコクに泊まったほうがいいんじゃないの?」と言われて偉くなったと思い込んでいるのか、それだけで態度が10倍くらいでかくなって、わざわざホテルから電話を掛けてきて、勘違いをしてきながらそれを訂正する気配もなく、私に対して失礼な言葉を浴びせてくれました。歯ブラシ上司でさえも、「出向先のタイで、日本人数人しかいないから付き合ってるけど、日本だったら絶対に付き合いたくない」とお怒り。調子ノリな典型的営業の性格に加えて、信じられないくらい陰険・陰湿、そして何よりアホ。そんな人に持上げられて調子に乗ってるVVIPも、まさに裸の王様状態です。

 

<歯ブラシ上司>

会話中に急に爆発的にキレる性格が災いしたのか、ある日、目が充血し、痛みも出てきたので病院に行くと、高血圧と診断されました。急にキレて時には暴力的行為も見られる上司に対して、タイ人マネージャーはもう驚かなくなりました。むしろ、滑稽に映っています。暴力的行為に対しては、そのうち闇討ちに遭ってもおかしくないし、そうなっても誰も同情してくれないだろう、と囁かれています。

 

2008/10/15

初ケツ注射

昨日、仕事中に、急に声が出なくなり、唾を飲み込むのも痛くて仕方がないくらいに喉が痛くなり、声が出なくなってきました。関節がきしむというか痛いというか、発熱の症状も出てきました。原因は分かっています。先週末に高熱と扁桃腺炎症で寝込んでいて、やっと回復の兆しが見えてきた某日本からのお客様がいたんですが、一昨日の会議で、その人の横に丸2時間座りっぱなしだったせいです。症状全く同じなんですもん。

喋るのも辛くて、仕事が終わってから病院へ直行しました。案の定熱があり、喉を覗いてもらうと、お医者さん曰く「かなり腫れてる」炎症。「じゃあ、喉の炎症を抑える注射をしておきますね。あと、解熱剤を処方しておきましょう。」熱はともかく、喉の炎症だけは今すぐなんとかしてくれ~といった状況だったので、ほっと一息。注射処置室で待っていると、看護婦さんが、「はい、ズボンちょっと下げて横になってね~」あら、ケツ注射ですか。記憶にある限り、生まれて初めてかも。思ったより痛みがなかったのは、看護婦さんが、リラックスさせようと、ずっと話しかけてくれていたからだろうとは思います。しかし話の内容が、「薬アレルギーなんですってね。でも大丈夫よ、確認済みですから。ただ、家に帰って、万が一唇が急に腫れてきたり、顔が赤くむくんできたり、熱を帯びてきたりしたら、すぐに病院に来て下さいね。痙攣が起きたりしたら大変だから、ちょっと気を付けて様子を見ていて下さいね。」ってビビることを言ってくれるわけです。タダでさえ辛いのに、そんなこと言われても、あんまり頭に入ってきません。

帰宅後薬を飲んで就寝しましたが、熱があるだけに汗が滝のように流れて、何度も寝巻きを交換しました。3時間も寝ると、喉の痛みがほぼ完治していました。今朝起きると、喉は平常で声も出るし、熱も下がっているようでした。タイの薬って、やっぱり効くんかしら。現在は、注射を打たれたケツに、何だか違和感が残っているだけです。

 

2008/10/14

半年ぶり

先週の土曜日に、思い立って行きつけの美容室に行きました。半年(以上)ほったらかしで、パーマもだらだらだったんですが、10センチ以上切って、やっぱりパーマを掛けました。ハタチの頃にパーマを掛け始めて以来、緩い時もきつめの時もありましたが、一貫してウェーブっぽい髪型です。

それでも、急に血迷ってストレートにしたことが数度ありました。大学時代のストレートは、男子学生にはえっらい人気だったのに、某親友に「そんなん、あんたじゃないわ」とばっさり言われてしまい、2週間で元通りのウェーブにしてしまいました。大阪で仕事してたときは、当時の彼氏の家に行くと、「家をお間違えではありませんか?」と言われてかなり傷ついた記憶があります。

今回のパーマですが、美容師のおばちゃんは、タイ国内で5本の指に入る腕利きで、どんな髪型も器用に手早く整えてくれます。この日、どことなくご機嫌だったおばちゃんが、「たまには違う髪型にしてみようよ。日本でヒットしてる髪型、どう?」とほぼ強制的に勧められ、その瞬間にはすでにハサミが髪を切り始めていました。

別に断る理由もなかったので、おばちゃんのなすがままにした結果・・・可愛く言えばウランちゃんといった感じですが、歳相応なイメージだと、○野温子が実写版を演じたサザエさんっぽくなってしまいました。が、会社では大人気。「日本の髪型?可愛い~!めっちゃ若く見えるやん!」「おお!韓国の女優みたいやん!」これまでの髪型がよっぽど老けて見えたかのような褒め方をされています。

2008/10/13

米国査証物語・補

ちなみに、ゲットした査証、10年モノでした。

苦労した甲斐があったというものです。とはいえ、次はいつ行けるんでしょうか。

2008/10/10

米国査証物語

米国進出を決めたのは、8月のお盆前でした。平均気温が30℃近い常夏のタイから、-30℃の極寒の地へ!

年末年始は、大型連休となるので、20045月の出向以来出張で1週間しか日本の地を踏んでいないニッポンに行って(帰って)みようかと思っていたところ、母親が「弟の卒業式が12月にあるからアメリカに行く予定なんやけど、休暇取れへん?卒業式出席が無理にしても、今後こんなチャンスはないし、アメリカ行きなさいよ!」

この一言で、動き出したのでした。まず航空券。バンコク-成田-ミネアポリス-ファーゴ。計25時間の旅です。しかもお値段がべらぼうに高えじゃんか!でも、特にバンコク-成田線は空席僅かと言われ、9月初めには予約・発券完了。目眩がするような大金を、近所のATMで、旅行代理店の銀行口座にポンッと放り込んで終了。

次に査証。チョンプーちゃんは、一応まだニッポン人なので、無査証での入国可ですが、タイ人のお連れさんは要査証。しかも面接要。とりあえず在タイ米国大使館のサイトで書類を確認し、全て揃うまでに1ヶ月掛かりました。さらに査証費用は、先に支払いを済ませ、その領収書を面接時に提出することになっています。これが4,500バーツ強。日本の査証なら、1,000バーツくらいで済むんですけど・・・しかも、タイ国内の指定された郵便局で、「査証費用払込申請用紙」なるものまで記入してのお支払いです。どんな大そうな領収書かと思ったら、タダのレシート・・・ほんまにこれ提出して受取ってもらえるのか、不安になってきました。

さらに、面接予約。面接予約ウェブにログインするためにピンコードを購入するのですが、クレジットカード番号をウェブ上で記入し、つまりカネ払ってピンコードをゲットします。例えば、電話で予約を入れても、カネを取られる、いや、払うことになります。カネさえ払えば、予約はすいすいと進み、107日(火)午前9時の面接を予約しました。

面接当日、見た目と違い小心者なお連れさんの付き添いのため、出向以来4年半で初めてちゃうかな、という休暇を取って、早朝からバンコクに向かいました。面接30分前に入館の要請があったので、念には念を入れて、6時出発。すると、7時半には大使館前に到着してしまいました。とりあえず一安心してバンコクで食べる朝食。って、ただのぶっ掛け飯なんですけど。

緊張気味のお連れさんは、早目に入館して準備をしたい様子だったので、8時ごろに大使館査証部の入り口まで行くと、いきなり書類チェック。そして、「申請者以外は入れません」小心者のお連れさんの顔には脂汗。とりあえず必要事項を伝えて、不安そうなお連れさんを送り込みました。

一旦入ると、携帯電話を押収されるようで、一切連絡が取れなくなりました。心配してもしゃあないわ、と、面接が終わるであろう9時半に、大使館の前でお連れさんを待ちました。クソ暑い中で・・・次の面接時間が9時半なので、その時間には終わってるだろうと、普通なら思いますよね。ところが、出てこない。お連れさんより後の時間の面接じゃなかったっけ?と思われる人たちが続々と出てくるのに。さらに、邦人保護部に連絡してきている米国籍の方も頻繁に出入しているのに。携帯は相変わらず繋がらないし、チョンプーちゃん倒れそう・・・と思っていたら、10時半ごろになってやっと出てきました。お連れさん曰く、「なんか知らんけど、順番抜かされまくって、予約の時間も全然意味なかったわ」で、待たされた挙句、やっと名前が呼ばれた面接は、ごく基本的な質問(行先・目的・同行者・所属会社など)をされ、3分で終了。どういうことなんでしょうか。米国人外交官が流暢なタイ語で面接をしたようで、こういった光景がものめずらしかったこと、さらに面接を待つ間にいろんな人に会い、会話をしたのがひどく刺激になったようで、お連れさんは、その後一日中面接の話で1人盛り上がりでした。

ウェブ上では「面接結果(=査証発行可否結果)が分かるまで約60日掛かります」と書かれていましたが、お連れさんが面接官から聞いてきたのは、「3業務日内に旅券を返送します」じゃあどっちに転んでも、週明けには結果が分かるよね、と話をしていたところ、昨日夕刻、会社に郵便物が届いていました。面接火曜日で、木曜日の夕方にはもう到着?恐る恐る開封すると、まず「査証取扱と米国入国時の注意」というビラを発見。ってことは・・・急いで旅券を開いてみると、査証ステッカーがぴっちりと貼ってある~!いやあ、これで一安心!これで事前に払った航空券費用もムダにならずに済んだ~!堂々と休暇も申請できる~!

というわけで、次はホテルの手配に取り掛かります。あと、-30℃の世界で着用する服。一体何を着れば寒くないのか、まだ想像もつきませんが・・・旅行本いうても、国境にも近い地域の旅行本なんてあるんでしょうか・・・まあ、とりあえず行ってみりゃ分かるか!

2008/10/6

お子様お泊り会

先週土曜日は、会社の運動会。400名の正社員・派遣社員を4組に分け、工業団地内のグラウンドで、タイ人が子供の頃から馴染みのある種目で点数を競います。土曜日ということもあり、社員は子供連れが目立ちました。先輩の娘、アイちゃんとチンちゃんも、お母さんに連れられて観戦。お父さんは、朝からアルコール。チンちゃんは、私を見るなり駆け寄ってきて、一日中通訳やりながら子守でした。

競技は、一部の酔っ払いを除いて和気藹々と進み、昼食・賞品授与を終えたところで雲行きが怪しくなってきたこともあり、アル中上司もすでに泥酔状態だったので、早目に解散となりました。

チンちゃんが、夕方になっても引っ付いて離れないので、ベロベロに酔ったお父さんに許可をもらい、チンちゃんとアイちゃんはチョンプーちゃん宅にお泊りすることになりました。ベロベロに酔ったお父さんは、その後「うちの子が二人ともいない!」と電話掛けてきましたが。

金持ちボンボンの先輩のBMWで送ってもらったのですが、あまりの乗り心地よさに二人とも車内で爆睡。アパートに到着して車のドアを開けると、チンちゃんが転がり落ちてきたくらい、ぐっすり眠っていました。

部屋に到着すると、まずお風呂。一日外で埃にまみれて運動会を観ていたので、頭もじゃりじゃり。部屋の中のあれこれを引っ張り出しては「これ何?」「あれ見せて」と興奮している子供を風呂に入れようとすると、自宅のお風呂と勝手が違うようで、また大騒ぎに。子供2人を同時に相手するのは予想外に大変です。

お風呂の後は、アパートの中を見学しようと、部屋の外へ出ました。

アパートには、子供部屋があるのですが、もちろん今まで足を踏み入れたことがありませんでした。子供は目ざといですね。おもちゃが置かれている部屋を見つけると、あっという間に走り出し、おままごとを始めました。前回に引続き、アラフォーのおままごと。「はい、ハンバーグができましたよ」「お飲物は何にしますか」って・・・よその人、いなくてよかったわ・・・

部屋に戻ると、今度はパソコンで着せ替えゲームに夢中。日本人的感覚で見たら、どんなセンスしてんねん!と思ってしまう組合せばっかり・・・そのうちチンちゃんがあくびを始めたので、半分ふざけてベッドに転がしてやると、笑っていたはずがあっという間に寝息に。続いてアイちゃんもすぐに寝付いてくれました。

たま~に子供を連れてきて、相手するくらいならいいんですが、毎日こんな生活は、かなりキツいと思います。

2008/10/3

やっぱりアカンて・・・

ジョージさんのブログの一部からお借りします。

 

"Hi, I'm Japanese Prime Minister, Taro ass hole."

(こんにちは、私は日本の総理大臣であるケツの穴太郎です。)

 

ご本人様、留学経験もあって英語堪能らしいですけど、自己紹介とか演説とか、どうするんやろう・・・

2008/10/2

凄すぎるVVIP

今週は、お客様ラッシュです。本社副社長、通常は日本に滞在しているタイ現地社長、招かれざる顧問が次々と別の便で来タイ、その度に車を飛ばして空港にお迎えです。

先週末に本社から、突然副社長訪タイスケジュールが送られ、めまぐるしく手配が始まりました。節約を叫ぶ本社からのVVIP待遇のお客様は、ファーストクラスにてご外遊。バンコクでも数少ない五つ星ホテル、その中でもハイランクのお部屋にご宿泊、客先の社長クラスへの訪問、高級レストランでのご会食と、全て会社経費です。

ゴマスリ上司は、ここぞとばかりにゴマスリ作戦を練り始めます。自分より上の歯ブラシ上司は完全無視状態で、一人でゴマスリスケジュールを立てるのに盛り上がり、そんな自分に陶酔しつつも完全に空回り状態です。

 

ゴマスリ上司の腰巾着行脚初日、午後の訪問を終えて、副社長は「友人と会う約束をしている」とホテルに戻り、ゴマスリ上司は現地法人社長をお連れしてシーラチャーに戻ってきました。その日の夕食は、現在タイ滞在中の技術者3名と、招かれざる顧問を交え、計9名で会食をすることになりました。

食事が始まり、アルコールも入りはじめた午後7時頃、会社に残っていたタイ人MGから突然の電話。「今、会社に本社の副社長が来たんだけど」一同沈黙。予定では、翌日の午前中に会社訪問となっていたはずなのに。「今から工場を廻るんだって」とタイ人MG。その後すぐに、別のスタッフからも電話。英語可のスタッフを見て、副社長が声を掛けてきたらしく、「CHOMPOOに電話掛けろ」と言われて掛けてきたのだそうです。上司に電話なのかと思い、電話に出るなり、「今上司に替わります」と言ってみると、途端に電話を切られました。再度電話が鳴り、スタッフが、「副社長がCHOMPOOと話したいって」と言うので話してみると、「今どこにいるのかこっそり教えて」なんでこっそり教える必要があるのか分からないまま、「シーラチャーの日本料理店です」と言うと、電話は切れてしまいました。ゴマスリ上司は、ゴルフ焼けで真っ黒の顔が青ざめ、「今から工場戻る!」と飛び出していきました。すでに帰宅している運転手を呼び出そうとしたようですが、見事に玉砕。自分で運転していったものだと思って、他の人はとりあえず会食の続き。「嘘つかれた!友人との約束だって言ってたのに!」と怒りが収まらない現地社長。でも、「起こっちゃったことはしょうがないよね」とそれぞれが言い聞かせ合い、会食は続きました。「こんな状況で呑む酒は美味しくないよなあ」と愚痴りながら。

 

1時間ほどして、ゴマスリ上司が帰還。ちょうど副社長が帰るところに間に合ったようで、怒られて帰ってきたようでした。アルコールを含んでしまったために自分で運転するわけにいかないと、トゥクトゥクをチャーターして行ってきたらしく、「飛び跳ねて飛び跳ねて、腰が痛い・・・」そりゃそうでしょう。しかも、通常だったら300バーツ以下でいけるはずのところ、400バーツ出して行ってきたようで、「領収書無いけど会社の経費で落とせないかな」

 

その後、副社長の行動について分析大会が始まりましたが、嘘ついてまで、業務時間外に、バンコクのホテルでタクシーをハイヤーして2,700バーツ(約1万円)も掛けて来るってどうよ?しかも、翌日に来ることになっていたスケジュールはもちろんキャンセルして!と喧々囂々。空気の読めない、招かれざる顧問は、自慢話を延々と続けていましたが。アル中上司?全く無関心で、隣に座った若い技術屋の兄ちゃんに、「飲めよ!」と怒っていました。

 

それにしても、副社長、わざわざ訪タイされるってんで、こちらでは、変更に変更を重ねて、あれこれ準備して、その結果がこれかい!たまたま残っていたMGをつれて工場を廻ったようですが、感想は「汚すぎる!」状況把握した上でのコメントならまだしも、掃除もしないで日本から搬送されてきた、30年以上使い古した機械を設置してる最中に言われても・・・時間外にこっそり見に来るとは、現地にいる上司に対する敬意はないのか?不可解なばかりの副社長の行動に、各々愚痴を言う日々が、今日も続いています。副社長殿、そう遠くない将来に社長になる予定らしいですが、平社員ながら、会社の行く先が不安でたまりません。