| 個人檔案タイって素敵!相片部落格清單 | 說明 |
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2007/11/29 液晶テレビ日本人を中心とする外国人が多く居住するアパートにチョンプーちゃんは住んでいます。シーラチャー周辺を中心に、ラヨーン、プーケット、チェンマイなどにも系列のサービスアパートメントやホテルを展開しており、オーナーは警察将校を多く輩出している大財閥です。 オーディオ含む家具付、掃除、ベッドメイキングなどをしてくれるメイドサービス付、系列ホテルのレストランは1割引で頂けます。(元々高いから、1割引いてもやっぱり高いんですが) 2004年11月に入居してからもう3年になります。入居当時は某日本メーカーの19インチテレビとステレオだけだったのが、2005年には某タイメーカーのDVDプレーヤーが増設されました。日本人っていっても関西系が多い住人たちが要求したのでしょう。昨年には等身大の姿見も付けてくれました。 そして先日、通常通り帰宅し、いつもの通りテレビをつけようとすると、テレビが替わってる!某韓国メーカーの液晶テレビ、薄い!しかも27インチ!でっかい!色彩も鮮やか!近いうちに替わるとは聞いてましたが、こんなに早い時期に、しかも予告なく替えてくれるとは。投資額の詳細は分からないけど、賃貸料据置きでここまでしてくれるのは嬉しいことです。 2007/11/27 最近の上司事情某メーカーさんのお呼ばれに預かったアル中上司。 メーカーのおいちゃんもお酒が大好き。日本人が比較的多いため、日本酒、ワイン、ウィスキーなどがずらり。会話も弾み、アル中上司とおいちゃんを中心に、お酒がどんどん空いていく。ちゃんぽんもへっちゃら!と思っていたら、顔が赤らみ、舌が廻らなくなり、意味不明の言葉を発しくだを巻き始めるアル中上司。口答えはご法度。おいちゃんは相当お強いらしく、陽気に飲み続ける。お開きになり、今にも倒れそうなくらいにふらふらと店を出るアル中上司。タイ人スタッフが気を利かせて車を回し、乗せようとすると、「歩いて帰るんじゃい!」と乗車拒否。下が廻っていないため、もちろんタイ人には理解不能。結局3人がかりで車に押し込んで帰途に。翌日、自分が車に押し込まれて帰ったことは全く覚えていなかった。
会社の某活動実行委員会の納会に呼ばれたアル中上司。 仕事+他の目的で一生懸命タイ語を覚えようとしてる歯ブラシ上司に対し、来タイ1年以上でもタイ語さっぱりのため、会話が面白くないらしく、割と高級なウィスキーを飲みまくる。カワイコちゃんがお酒をつくってくれるのに、それも待てないらしく、セルフサービスで。タイ人もビールを飲んだりウィスキーを飲んだり、楽しんでいる様子。それを見て、仲間に加わるアル中上司。タイ語全く分からないまま、タイ人スタッフに話しかける。タイ人は困惑顔でうなずいてる。気が付くと、ウィスキーの瓶はアル中上司が独り占め、しかももう空。いつもの通り、舌が廻らなくなって来ていたので、そろそろお勘定を、と請求書を見ると、ウィスキー2本と書かれている。振り向くと、アル中上司が2本目のウィスキーをすでに開けていた。
会社の社外行事に参加したアル中上司。 早朝から集合、隣県の施設で軽いスポーツなどをタイ人スタッフと共にやってみる。全くタイ語が分からないまま、なんだかタイ人と一緒に走ったりしてる。 夕食はもちろんアルコール付。早起きの上、疲れもあったのだろう。さらに、宿泊することになっているタイ人スタッフは、ここぞとばかりに完全開放状態で飲みまくってたのだが、帰らないといけないアル中上司も、これと同ペースで飲み続ける。当然誰よりも先にフラフラ。帰る時間になり、離席を促すと、「まだ帰らん!」と席を立とうとしない。やっとのことで車に乗せると、爆睡。別のスタッフが先に車を降りた際、アル中上司も「俺も降りる」あなたの家はここじゃありません。案の定、全く記憶なし。
街中の居酒屋を廻り、ゴルフ場でもキャディを必死で口説いてる歯ブラシ上司。 歯ブラシをたくさん持って来てるだけのことはある。この上司と長時間話すのは危険。話がどんどんエグイ方向に走って行ってしまう。来タイ直後に、お客様の接待なのに、自分だけお持ち帰りをして消えた事件は以前のブログにも書いてるが、そんなどころじゃない。普通の女性なら、間違いなくセクハラで訴えてるような内容を平気で話す。 先週、妻が友人と共にツアーで来タイ、上司もツアーに合流し、珍しく有給休暇まで取ってお付き合い。休暇後、出社するなり「写真をPCに落としてくれ。CD-Rにもコピーして、妻宛に送ってくれ。」もちろん、チョンプーちゃんは自分のPCへのコピーも忘れません。写真には、遺跡を背景に妻に寄り添う歯ブラシ上司。笑顔が完全に引きつってる。 数日後、バンコク出張に行った帰りに、ジュエリーを購入。これを日本に郵送したいと言う。書類作成のためにと内容を確認すると、指輪2本。バツが悪そうに「奥さん帰る前に喧嘩しちゃったんだよ。機嫌取るために買ってきたんだ。いや、家族のためにもな。どっちが好みか分からんし、めんどくさいから2本とも買ったんだ。サイズ?そんなん知らん」 本日、その指輪が奥方の元に届いたらしい。かなり嬉しそうに、「ゴマすり作戦は成功だ。俺の家庭はこれで安泰だ。」 かなりの恐妻家らしい。 今年もローイ・クラトンスコータイ時代の官女“ノッパマート”により始められ、元々は河の神様に赦しを乞う行事だった“ローイ・クラトン”ですが、現代ではカップルでクラトン(灯篭)を流す国民行事となっています。 土曜日だけど業務日になっていた我が社、手作りクラトンの社内販売(もちろん規則違反)も大繁盛。今年は、“エコ”がテーマらしく、プラチックや発泡スチロールなどを使わない、さらに通常使用されるバナナの木の茎や葉っぱの使用量も少なく、といったスタイルのクラトンが出回っていました。 デパートでは、ウェハースとかパンでできたクラトンが販売され、テレビでも、卵の殻を応用したクラトンなどが紹介されていました。 昨年は、近所の海辺で流してみましたが、波に押されて戻って来てしまい、結局は海岸沿いに打上げられてしまいました。 今年は、準備万端。ランナー(タイ北部)風のレストランにある池で流そうと計画し、エコブームに乗り、さらに池の魚のエサにもなる“パン生地”クラトンを事前購入しておきました。 当日の会社内の雰囲気は、土曜日+今日はローイクラトン+上司はゴルフで不在=浮かれポンチの動物園状態。5時になるとあっという間に帰り支度。土曜日とはいえ業務を行っている会社は他にもあり、工業団地内は大渋滞。 一旦帰宅してから、クラトンを持って、友人らとランナー風レストランに集合しました。思った通り、店内の池にはすでに複数のクラトンが浮いていました。店内は、家族連れやカップルでほぼ満席状態。 ひとしきり食事を楽しみ、からかわれついでに“ローイクラトン”の歌を歌ったりした後、別の団体で来ていた知り合いが、提灯(というのか)を空に放つ、というのでご一緒させてもらいました。直径1メートル以上、高さはチョンプーちゃんと同じくらいの大きな提灯の内部に火をつけて、空に放ちます。ローイクラトン発祥の地スコータイでは、この手の提灯が何千と空に浮かびますが、シーラチャーでも、空を見上げると、あっちこっちで空に向かって上がっていくそれが見えました。 アパートの近所に戻ってくると、近所の健康公園周辺では屋台が並び、コンサートが開かれ、超やかましい。車は大渋滞で、あと50メートルでアパートに到着、というところで20分停止。交通整理ちゃんとしてくれよ。 というわけで、例年とはちょっと違うローイクラトンなのでした。 通常、ローイクラトン=官女ノッパマートにちなんだ美女コンテスト“ミス・ノッパマート”が必ずと言っていいほど各地で開催されるのですが、今年は某県で“ミスター・ノッパマート”というのがあったようです。優勝者は、女性より美しい男性でした。 2007/11/26 想定外だったのかエスカレーターって、歩いたらダメだったんですか・・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071126-00000023-mai-soci
歩くことが当たり前、とは言わないけど、歩く人がいることは普通のことで、関西では左、関東では右という違いはあっても、歩く人のために端を空けるのがルールでありマナーだと思っておりました。 動く歩道も同じかも。空港とか、恵比寿ガーデンとか梅田の駅にあるけど、「高速歩行世界一」の大阪の中心地である梅田のそれは「より早く目的地に着くための手段」として使われている感じ。東京とかでは「長い距離をより楽に進む」方法、ってイメージがあります。空港でも、特に外国人などは、でっかい荷物を持って、ゆったりともたれてみたり、写真を撮ってみたりしてます。せっかちのチョンプーちゃんは、動く歩道の横を、それよりも速く歩行することもしばしば。 ただし、タイのデパートとかで、歩いてる人、ましてや走ってる人など見かけたことがありません。BTS(スカイトレイン)だって、乗り損ねても3分経てば次の電車が来るし、タクシーで渋滞に巻き込まれることを考えたらどうってことないもんね。 2007/11/24 勝手に相関図知人のブログに載っていた、「相関図メーカー」
http://www.tolab.jp/sokan_make.php
名前を入力すると、コンピュータが勝手に相関図を作ってくれるのです。 シチュエーションも、オフィスとかサスペンスとか選んで、一人盛り上がりまくり。 「~ジェネレータ」で、試しに家族の名前を入力してみました。 -妹と母親が「恋人同士」 -私と母親は「見せ合いっこ仲間」 -妹と弟は「気になる」 -妹と父親は「肉体関係」(!!) そして、父親と母親は何の線も繋がっていない、つまり「無関係」…はなから信じてるわけではないが、あんまり遊びの度が過ぎるのもちょっと… 忍者対決伊賀と甲賀って、こんな交流やってたんですか…
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071124-00000136-mailo-l24
市長を「頭領」にして熱戦を繰り広げ、しかも、負けた方は罰ゲームとして勝った方の観光PRって… さすが忍者の里の方々です。「忍者祭り」の時期には、全員が忍者の格好をして市議会開くだけあって、アイディアも人並み外れて忍者並みです。
負けた方のプライド、相当傷ついてるんちゃうかなあ、と勝手に察しております。だって、伊賀の隣の名張出身のこの私でも、「三重県出身です」とかって言った時に、「ああ、忍者の里の。甲賀だったよね?」なんて勘違いされると、地元の青蓮寺湖を「せいれんじ」と読まれてしまった時よりも、自分の名前を「松岡」とか「ゆかり」とかと間違えられた時よりも、かなり傷心します。伊賀出身の方、どうなんでしょうか。
2007/11/20 ボーナスの時期12月は、タイのボーナスの季節。年2回支給の会社は少なく、大抵年1回のビッグ・イベントです。中国系の会社などは、1-2月にかけての中国正月(クッチン)の時期に支給するところもありますが、少なくともうちの業界では12月が一般的です。 というわけで、この時期は労働組合、会社厚生委員会(社員代表)と会社経営者との攻防があるわけです。うちの会社のある工業団地では、労働組合が結成されている会社は非常に少なく、会社の厚生委員会などがそれに替わって社員の声を伝えます。労働組合のある会社は、「要求書」が突きつけられ、苦渋の選択を強いられたりします。急進派労働組合に至っては、いきなり集結、ストライキ、というところもあり、数年前の話ですが、経営者に危害が加えられた例も。 うちの業界では、去年の売上は絶好調ともいえる勢いで、大手は7ヶ月とか、さらにプラス10,000バーツとかいう会社もありましたが、今年はちょっと雰囲気が違う感じです。社員は当たり前のように去年と同等以上を要求しますが、会社によってはそういうわけにも行かないところもあるわけです。 チョンプーちゃん自身は、日本では労働組合に参加する資格を持っておらず、タイでももちろん対象にはなってないので、意見を言える立場ではないのですが、通訳である以上、板ばさみになることは予想されます。 寒い、らしい年がら年中熱帯夜、みたいなタイでも、乾季はあります。今がちょうどいい時期で、ぐっすり眠れます。フルーツはないけど色とりどりの花が咲き乱れるのはこの時期で、暑さにやられ、体力を消耗してお腹を下すようなことが少なくなる、絶好の観光シーズンでもあります。 現在の気温、東北部や北部では、最低気温が17-19度で、中央部や南部の23-25度と比べると朝晩はかなり冷える感じ。もう少しすると、最低気温は15度を切ると思われます。朝もやとか、タイでもするんです。ただし、昼間はやはり30度を越えるのですが、それでも日差しが柔らかい感じがします。ちなみに、「もや」も「きり」も「かすみ」もタイ語では同じ単語だったりします。 (一応まだ)日本人の我々にしてみたら、いい季節なんですが、どうやらタイ人にとっては違うらしい。「朝方寒くて寝られなかった」「冷えるから、やたらトイレが近い」そりゃあ、一晩中窓を開け放して、扇風機とかブンブン掛けて、薄っぺらいタオルケットやったら寒いわ。昼間も、ジャケットを羽織る、とかいう対応はまだしないらしく、真夏と同じ服装してるんやから、そりゃあトイレも近くなるってもんだ。 今年は、例年以上に寒い期間が長く続くそうで、北部や東北部では、冷害っちゅうか、毎年のことだけど、凍死者が出ると思われます。財団とか寄付を募ったりして、毛布をお届けする、というプロジェクトというか活動が盛んになってくると思います。 毛布で凌げるくらいの寒さだからまだ何とか生き延びていられるわけですが、田舎の家屋とか、茅葺とかでっせ。窓っていうても、意図的に「すきま風」が入る構造になってるやろ、と思われるくらいに、密閉度が非常に低い。床も、ちょっと小金持ちランクの家だと、暑さ対策のためにタイル敷きで、冬場はこれがまた寒さを助長するのです。
タイの建造物ですが、「耐震構造」なるものは、ほとんど存在しません。地震というものが、基本的にはないからです。3年近く前にツナミの被害に遭いましたが、報道とか説明とかからは、地震とツナミがあんまり繋がってない印象を受け、どっちかというと海辺のツナミ対策に偏り気味な感じがします。 2007/11/19 ハカイダー先週末も、お約束の休日出勤。でも、溜まった仕事はすぐに終わり、やっとのことで重い腰を上げて、3年半以上溜めに溜めた、すごい大量の資料の整理に取り掛かりました。 通訳、翻訳は、工場内のほぼ全ての分野に渡って行なうため、保管資料もありとあらゆる種類のものが山積み。しかも、原本+翻訳と、通常の2倍の量。今までこれをほぼ全て保管してきた+捨てたことがほとんどなかったのです。 実は年末ごろにオフィスの改築があり、チョンプーちゃんも、なぜか「営業」部門について引っ越すことが決まっています。なので、それまでに、時間のある時にちょっとずつ、と思いながら始めたのです。この日も半日やったら一段落、と思っていたのが、片付けるうちに深みにはまってしまいました。 不要な資料を積上げたらホッチキスの針を外し、シュレッダーに掛ける。このシュレッド作業が快感!自分って破壊型か、と思いながらもどんどん機械に放り込む。大きなゴミ袋3袋がみるみる間に満杯に。「キカイダー01」の敵って「ハカイダー」じゃなかったっけ、などと考えながら。 おかげで週末は重症の肩凝りでしたが、マッサージで復活!本日も歯ブラシ上司が「鬼」と恐れる愛妻の来タイに付き合って休暇中なので、まさに「鬼のいぬ間に」とばかりに作業を続行中です。 圧力鍋以前から料理好きのMOTOKOやLUNEさんのブログを目にする度にうらやましく思っていた「圧力鍋」。何度かシーラチャー内で探してみた(っていってもロビンソン・デパートしかない)のですが、「ありません」と店員の冷たい一言で終了だったのが、先週暇つぶしにデパートを歩いている時に、ついに見つけました!即購入。 といっても、自分で料理はしません。スタジオタイプの自宅で料理するのは抵抗がいるのです。(決して言い訳ではありません!)なので、いつもご飯を作ってもらってるお連れさんの母親にプレゼント。料理好きは有名で、普通のレストランでは食べられない料理など、レパートリーはすごいんです。圧力鍋は、ガスの節約+なんといっても時間の節約にもなるので、最適かと。 最初は、取扱説明書を開いていくら説明しても、原理が分からないようで、半信半疑の表情。しかもビックリ屋のため、湯気がシューシュー噴出し始め、ピピー!と鳴り始めるとパニック状態で、キッチンから出て行ってしまいました。が、出来上がった料理を味見し、驚愕の表情に。今まで丸一日掛かってもいい状態にはならなかったモツ煮込みなんかも、圧力鍋ではほんの数時間でトロトロになります。あれ以来、煮込み料理がほぼ毎日続いています。 2007/11/16 今度はピンク色今月初めだったか、国王のご容態が思わしくない、というニュースが流れ、それとほぼ同時に姉上様も入院、国民は揃って黄色いシャツ姿で病院前で記帳したり祈祷したりしておりました。 黄色いシャツは、昨年は国王様の即位60周年を祝って、そして今年は御歳80歳を祝って、国王様ご生誕の月曜日の色でもある黄色を着用することで祝賀の気持ちを表すものでした。
そして今度は、国王様退院の日、国王様が着ていらしたピンクのシャツが爆発ヒット中。なんでも、ピンク色は国王様のご健康とご長寿の意味があるそうです。 http://www.jiji.com/jc/zc?k=200711/2007111300924&rel=j&g=original_genre&rel=y&g=pol ほんの数日で品切れ続出、価格高騰。 そうなると必ず出てくる粗悪品。 といいつつ、1着くらいは持っていても、とも思うのは、タイ人気質なんでしょうか。それともただのイチビリ? ちゅうことは総選挙が近いタイ。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071115-00000135-jij-int ってことは、選挙の公正性は宣誓されず、票の買収結果次第っちゅうことなのか。 宣誓に来なかった党首、買収を認めたことになるんちゃうの? 2007/11/13 ロッブリーといえば
でも、冬(乾季)のロッブリーの名物といえば、ひまわり。数キロ四方はあると思われるひまわり畑が散在しています。サラブリーを超えてロッブリー県内に入ると、あっちこっちに「○○ひまわりファーム」みたいな看板が立てられています。そして、今がシーズンのひまわりが、鮮やかな黄色と緑色を放っているのです。話には聞いていましたが、初めてです。実家でもひまわりはあったけど、数本ノッポのひまわりがあるだけだったので、何千本のひまわりは壮大で圧巻。リッチなファームでは、種まきの時期はリモコン飛行機を使って種まきや農薬散布をするとか。 カチナ衣献上行事参加の目的でやってきたロッブリーですが、ひまわりの写真は撮っとかないと!ということで、通りかかった畑(ファームという感じではない)に勝手に入り込み、ポーズを取って写真撮影。そしてここでも場の雰囲気を壊す泥酔の先輩。 後日写真をアップ予定です。 カチナ衣献上行事
家の中では献上のための料理を作り始めていて、賑やかな声が聞こえてきます。我々も起き出して身支度をしていると、昨晩から泥酔の先輩は、思った通り「寺院には行かない」と、朝からいきなり飲み始めておりました。念のためと持参したカップヌードルも、酔い覚めの男衆に受けて、あっという間に終了。 我々も朝食を頂き、二日酔いで起きてこない者は放っておいて、車で3分の寺院へ向かいました。 寺院では、バンコクや都市圏からも大型バスを連ねてやってきたカチナ衣献上への参加者も大勢いて、それぞれが手持ちの料理を他の参加者に振舞ったり、他の参加者の料理を頂いたりしていました。社員はタイ風焼きそば「パッタイ」を大規模なパンで豪快に炒めては振舞っていました。功徳行事なので、自前で料理を作り、振る舞います。 広い森の中に建てられた寺院は静かで、功徳を受ける理由に納得がいくシンプルさというか、何もない、という感じでした。 タイらしいアバウトさ、寺院に到着してから、献上行事は午後遅くに執り行われることが判明しました。誰やねん、朝早くからやるって言ったの・・・考えた末に、泥酔の先輩と、二日酔いの中学生(!)がいるし、遠方のため帰路に着くことにしました。やはり蛙の子は蛙、泥酔の親父の子も二日酔い。息子の将来が心配です。 というわけで、初のカチナ衣献上は、寺院まで行っておきながら、未参加のままに終わったのでした。
ロッブリー入り
我々の一行はワゴン3台分、20名以上。うち1台は金曜日の夜からすでにロッブリー入りしており、我々は土曜日の朝から、泥酔状態でタンブン(布施)も無理そうな先輩1名と、親戚の中学生4名、近所のおっちゃん、おばちゃんと総勢9名で出発しました。シーラチャーからチャチュンサオ、バンコク、アユタヤ、サラブリーを抜けて、途中休憩をしながら、計4時間で目的地に到着。タイでも屈指の巨大ダム「パーサックチョンラプラターン」のすぐそばにある寺院でカチナ衣献上行事を行なうのですが、今回はそのすぐ傍に実家がある社員の家で準備をすることになっています。というのは口実で、集まって酒盛りをするのです。 午後1時過ぎにダムのほとりで遊んでいるという第1陣のもとへ到着すると、大の大人が数名、裸で水遊び、しかもタイの焼酎ラッパ飲みで全員泥酔状態。 我々も長旅の疲れから開放されて、遅い昼食を取りながら、ダムのほとりで涼んでいましたが、そのうち泥酔組が寝込んだり、ほふく前進で嘔吐したり・・・ 暗くなりかけた頃に、ダムのほとりから車で3分の社員の実家に移動し、夕食の準備に取り掛かりました。お隣さんとの垣根もない、鶏舎とかとうもろこし畑とかの間に家が建ってるような、のんびりした雰囲気。もちろん庭も広く、テレビ、スピーカー、バーベキューセットが整えられ、ゴザが敷かれ、宴会準備完了。猛者ばかり10名ほど+調子乗りの女性10名ほど、買ってきたお酒はウィスキー、ビール、焼酎。 爆音で流れるカラオケは、中学生に占領され、泥酔も通り越してるんちゃうか、というくらいに酔った若い社員は、気分よさげに盆踊り(風ダンス)で辺りをふらつき回り、大宴会となりました。 そしてこの日のメインメニューは、「豚の丸焼き」。1匹丸まるで600バーツなり!を丸1日タレに漬け込んだモノを、天然炭火焼き+タイ風の辛・塩辛・酢味の絶妙なバランスの取れたタレで、酒も進みまくりです。パリっとした皮のなんとも言えない香ばしい香りが漂っていました。 なぜか3歳女児になつかれ、女児の母親よりも年上で、ほんとなら「伯母ちゃん」のはずが、「お姉ちゃん」と呼ばれて気分を良くしたチョンプーちゃん、「チョンプーちゃんと一緒にテントで寝る~」と駄々をこねられ、午後9時前にはご就寝。思ったほど涼しくもなく、テントの窓を開けたまま寝ても、気持ちのよい風が入ってきてぐっすり寝られそうな気候。でも、寝返り打ちまくり、蹴りまくりの女児のおかげで、気が付いたら布団を完全に占領されていました(涙) 2007/11/9 移動価格制セミナー先日、某監査法人のセミナーに参加しました。
バンコクのど真ん中、某でっかいホテルの一室で、日本人向けとは分かっていましたが、見事に日本人だらけ。約100席用意されていたうち、80席以上は埋まっていましたが、全員殿方で、しかも平均年齢かなり高そうな感じでした。日系企業のバンコク(というかタイ)拠点の、経営者クラスだと思われます。どこをどう見渡しても女性はチョンプーちゃんだけ。
セミナーの内容は、「移動価格制」について。チョンプーちゃんにははっきり言って難しかった、というか名前だけ聞いたことがある、という程度。でも、聞いてるとなかなか興味深い。ほぼ4時間丸まるのセミナーはあっという間でした。
着席した瞬間に寝まくってる方、「携帯の電源はお切り下さい」ってどでかい看板が入り口に置かれ、冒頭でもアナウンスされてたにもかかわらず、若者風のやかましい着信音を鳴り響かしてる方、メッセージを送りまくってる方、何しに来てるねん。
チョンプーちゃん自身としては、非常に有益なセミナーでした。ごくたまにしか外出できない状況で、しかも新たな知識を得られた、新鮮で貴重な時間でした。 2007/11/8 結婚式ラッシュタイでは、11月は結婚式シーズンらしいです。現在の太陽暦の11月は、旧暦(太陰暦)の12月、つまり偶数=ペアなので縁起が良い、しかも乾季で暑くもなく雨も降らないことからだそうです。 これに因んだのか全くの偶然か、今月いとこ(日本人、男)が東京で結婚式を挙げます。ほんとなら行ってあげたいところ、チョンプーちゃんはタイ、弟のジョージくんはアメリカのため、あえなく欠席ですが、ちゃんとお届け物用意したからね。 で、タイでは、11日に前職の元同僚がラーチャブリーで、20日に通訳つながりの友人がシーラチャーで結婚式。 留学時代の友人も、来年1月に結婚することが決まったと、今日知らせが来ました。 お友達が幸せになるのはおめでたいことです。
ところで旧暦の12月といえば、ロイ・クラトン。今年は11月24日だそうです。近所の健康公園には舞台が設営され、期間中はアイドルのコンサートが連日開催される模様です。アパート周辺は大渋滞になること間違いなし。クラトンを流しに行く機会があるといいのですが。 2007/11/6 素晴らしき上司達外国からのお客様を招いての夕食会、上司は先に客を送ると言って店を後にし、チョンプーちゃんがカードを切りました。 東北地方のメーカーとの夕食時、メーカー払いだと分かっているはずなのにジョニ黒のリットル瓶を注文したのも歯ブラシ上司。持って帰れなくて残念でした。 ホテル宿泊費のことなど全く考えていなかったのはアル中上司。ホテル宿泊費に十分足りる金額を所持しているにもかかわらず、「今晩急に要りようになるかもなるかもしれんから。ウヘヘヘ」と別の上司に出させたのは歯ブラシ上司。 素晴らし過ぎる。 東北観光前夜の夜更かしもなんのその、4つ星ホテルの朝食をしっかり頂くために早起きし、ビュッフェでしつこいくらいにお代わり。都市の城壁から少し離れたところに、ひとつだけ異様なまでにでっかく建ってるコンプレックス施設の中のホテルなのですが、内容は充実。っていうか寝て食べただけだけど。 帰路は、往路とは別のルートで帰ることにし、8時ごろホテルを出発。とりあえずは、コーラートの名所のひとつ、ヤーモー(スラナリー)像の写真を撮らねば!(そういえば、メーカーさんの工場のある工業団地の名前もスラナリー工業団地でした。やはり有名なのです)城壁の中をひと回り…どこにあるねん?道路沿いの看板にしたがって2周目、お参りをする人だかりを発見、そして彼らの頭上にちょこんと建ってる小柄なヤーモー像。おお!これが女戦士ヤーモーです!ラオスに攻められた際に勇敢に戦ったヤーモー(モーおばちゃん)、結局は戦死してしまったそうですが、こういった勇敢の女性のお話はタイの各地にあり、たいてい像が建てられています。女性の社会進出度の高さは、もしかするとこの頃からある程度定着してたのかも、という感じもします。 ヤーモーに辿り着いたという証拠写真撮影後、次なる証拠、チョークチャイファームへ。帰途は、コーラート~サラブリー~アユタヤ~バンコク~チャチュンサオ~シーラチャーという、往路ができる前に利用していたルートなのです。コーラートの市内を離れてから1時間弱で、牧場らしきものが現れ、ステーキ屋さんもちらほら。そんな中にひときわ目立つピンクの看板。ラブホじゃありません、チョークチャイ・ファーム。でっかい乳牛像が店先にあるのが目印らしいこの店、やはり周りの店よりも一際目立ち、バンコクからの観光客もどんどん詰め掛けています。メインは新鮮ミルク。店の周りに張り巡らされてるパイプラインを牛乳が常に走っています。(それが果たして新鮮なのかどうかは分かりませんが)その他にも、新鮮牛乳で作ったキャンディ、ビーフジャーキー、牛さんのぬいぐるみやカウボーイ衣装セット、衣類や牛乳で造ったボディソープなど、完全に便乗販売。これが意外に売れている模様。我々もめいめいお土産などを買い込んでから再び出発。牛乳よりも酒のつまみ系が圧倒的に多かったのは、頼まれたからですが。 そこからはシーラチャーまで昼食を除いて走り続け、午後2時ちょうどに無事帰宅、意外に早い到着でした。 広い広い東北地方の中で、バンコクからの玄関口でしかないと言われるコーラートですが、東北地方に変わりはない!だだっ広いコーラート高原の真ん中、四方見渡す限りの平原は、シーラチャーでもお目にかかったことがありませんでした。次回はもうちっと奥の方まで東北を堪能してみたいもんです。 初の東北突入!先週の土曜日、いつもの出勤時間と同じ6時30分にシーラチャーを出発、チョンブリー~チャチューンサオ~カビンブリーと、前回カオ・ヤイに向かった行程と同様に工業団地郡を通り抜け、プラチンブリーの市街に入ったところで、カオ・ヤイに上る道とは別の方向に、さらに130キロ!合計でおそらく400キロはあると思われますが、休憩を挟んで4時間で目的地に到着。チェンマイと似て、昔都市があったことがうかがわれる城壁とお堀に囲まれたコーラート市内から少し離れたところに広大な敷地を持つ某メーカーでの会議が、今回の長旅の主たる目的なのです。 11時ごろから始まった会議~メーカーさんの自社食堂での昼食~午後の会議続行~工場内監査~さらに会議は6時まで~ホテルにチェックイン~メーカーさんと夕食~午後9時ごろやっと解散するまで、およそ10時間の間、ノンストップで喋り続け、もとい通訳し続けました。会議終盤は集中力が途切れてくるし、喉は渇くし、お腹は空くしで疲労感いっぱいでしたが、ビールを飲みながらの夕食は、舌も滑らかに、和やかに、お互いに初体面とは思えないくらいに盛り上がりました。 常識で考えて、メーカーさんを訪問した時に夕食を共にすれば、最終的にはメーカーさんのおごりになることくらい、経営者レベルだったら判ると思うんですが、「うちが金出すんだから」と言い訳がましい発言をしながらジョニ黒(しかもリットル瓶)を頼む我らが歯ブラシ上司。そしてメーカーさんのおごりであることが確認されると「すいませんねぇ」…さすがにリットル瓶を持って帰るほどに厚顔無恥ではないらしく、メーカーさんの日本人上司がタイ人スタッフに「これ持ってあちらさんのタイ人スタッフをパブに連れてってやんなさい」と言って手渡すのをじっと見つめておりました。 ディナーの場所は、池の中に建てられたレストランで、ゾーン間を橋で繋いでいるのですが、この日もやはり自棄飲み気味のアル中上司がふらついていて、落ちないように支えられながらの退場。で、私も付いて帰ろうとすると、メーカーとうちの会社のタイ人スタッフが、「コーラートで一番イケてる パブに行こう!」同行のタイ人女性が「私女一人やし、一緒に行こうよ」と誘うし、喜んで拉致されたチョンプーちゃんでした。 そのパブは「タワン・デーン」。日本語だったら「真っ赤な太陽」みたいな。コーラートのRCA(Royal City Avenue=バンコク郊外に人工的に造られた飲み屋街というかディスコ街というか)と呼ばれるコーラート界隈では唯一かつ一番の繁華街にある、ドでかいパブ。だだっ広いステージの上には、かなりレベルの高いバンド2グループが交替でパフォーマンス。ポップからルークトゥン(タイ東北の民謡っちゅうか演歌っちゅうか)からフォークから、リクエストには何でも答えてました。 ジョニ黒をゲットしたタイ人スタッフに連れられ、通訳業から開放されたチョンプーちゃん、メーカー側のタイ人とも打ち解けて談笑し、楽しい音楽とオカマちゃんの嬉しそうな踊りを観賞しつつ、みんなこぞって午前様となりました。
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