Yurika's profileタイって素敵!PhotosBlogLists Tools Help
    2/27/2006

    一日一善

    この言葉を聞いて、昔の日本船舶振興協会だったかのCMを思い出したあなた、チョンプーちゃんと同世代以上ですね(笑)自分の行いについて、この言葉がいちばんしっくりきたので、こんな題にしてみました。
    先週の土曜日、久しぶりに残業なし!急な用事もなし!でゆっくり起床して、久しぶりに近所の麺屋さんで遅めの朝食を取ることにしました。おかんも弟も行ったことのある麺屋さんで、いつもの野菜スープを注文して着席し、店内を見回すと、橙色の袈裟をまとった初老の僧が1僧、お食事中でした。
    タイの仏教は、日本の大乗仏教と宗派が異なる上座部仏教で、より厳しい227の戒律を守るよう教えられます。結婚などはできませんし、基本的にお肉、お酒は口にしません。正午以降は水以外のものを摂取してはならないそうです。
    とはいえ、通常はそんなに厳格でもないんだなあ、と最近感じ始めました。7月上旬頃の入安居から確か10月頃の出安居は雨季に当たり、僧の修行期間とされていて、僧は厳格に戒律を守り、いわゆる一般人たちの中にも菜食主義を貫く人もいる(これって中国の伝統習慣でもある「斎」とも関係あるんでしょうかね)ようですが、通常の仏教の日のお供えの食べ物とか、肉も魚も油も当たり前のように使われています。さらに、正午以降でも、コンビニで買い物するお坊様とか、コンピュータを購入するお坊様とか、携帯電話でフツーに話すお坊様とか、日常の風景になりつつある気がします。やはり発展のスピードに合わせ、お坊様の生活様式とかも変わってきてるんだなあ、と実感する瞬間です。
    というわけで、麺屋に座ったお坊様も、普通に肉出汁スープをすすっていらっしゃいました。それを見かけた連れが、おもむろに店員を呼び止めて言いました。「お坊様の食事代は自分が払うから」。はあ、私では思いもつかない善行です。そして我々より先に食事を終えたお坊様、その事情を知ると、我々を席に呼び、お経を唱えて下さいました。道端でお布施をした時に唱えるお経でした。ゆったりとした足取りで出て行くお坊様を見送った後食事を続けましたが、頭の中は、子供たちと一緒に「一日一善!」とこぶしを挙げる初老の男性の姿。何にせよ、善い行いをすれば、なんかほっとするというか、精神的に救われた気持ちになります。
     
     
    2/20/2006

    お誕生日

    私事ながら、昨日はチョンプーちゃんのお誕生日でした。日本の暦で「雨水」にあたるこの日、タイは相変わらず暑い・・・ちょうど日曜日ということもあり、誕生日を出来るだけ有効に過ごそうと、早朝起床、市営の市場でお供え用の果物と、願掛け用のウナギ9匹、カメ2匹とシジミ貝一盛、さらに近所の市場でお供え用の蓮の花とご飯を買って、お寺に向かいました。
    まるでタイ人のお誕生日のお寺参りのごとく、9僧にお経を上げてもらって、ご飯、果物、お水、蓮の花とお布施のセットを各僧に献じ、屋根瓦なんかの寄付もして、儀式は一通り終了。なんで9僧かというと、「9」という数字の発音と、「前進する、発展する」という意味の言葉の発音が同じで、さらに現国王がラーマ「9」世ということもあって、縁起が良いとされているのです。ちなみに、中国系の人は「8」が縁起の良い数字だそうです。理由はいまだに謎ですが、日本と同じ「末広がり」だったりするんでしょうか。
    その後、有名寺院ソートーン寺院にもお参りに。車で1時間弱のチャチューンサオ県内にあるこのお寺は、全国から参拝客がやってきます。この日は日曜日ということもあって、ものすごい人と車。無料開放の駐車場は行列が出来ていて、周辺の売店も稼ぎ時とばかりにかなり強引に客引きをしています。到着したのがちょう正午ごろで、そろそろ夏じゃないかと思う位の鋭く照りつける太陽で皮膚が痛い・・・さらに、建物の中に入るとこれまたすごい人だかりで、ただでさえ極暑のところが、もう蒸し風呂っていうかむさ苦しすぎるサウナみたいな感じでした。途切れなく往来する人々の間を掻き分けて、献花をし、競い合うように仏像に金箔を張り終わったらもう汗だく!誕生日を迎えて、なんとなく大量の衰えを感じてるところだったので、この暑さに余計にがっくりきそうでした。
    夕方は、めっちゃ観たいドラマを我慢して、身近な人十数人(やっぱりタイ人ばかり)をご招待して簡単なお食事会。めったに集まれるメンツではないので、話も弾み、ちょっと遅めの帰宅となりました。
    誕生日を機にちょっと考えてみたのですが、今後の人生予想としては、やっぱり負け犬気質はそのまま、むしろ増強傾向にあり、本格的に化け犬への変身を推し進めていく(っていうかいやでも自然に変身していく)ような感じが否めません(涙)。負け犬仲間の皆さんもそうでない皆さんも、これからもよろしくお願い致します。
     
    2/14/2006

    冬季五輪

    先週土曜日から、冬季五輪がイタリアはトリノで始まっていました。日本ではきっと、めっちゃ盛り上がってる、っていうか、テレビ局が一生懸命盛り上げてるんでしょうが、タイでは全然、ちぃ~っとも誰も関心を持っていらっしゃらないようです。まあ、冬のない国で、雪を見たこともなく、「積雪で屋根がつぶれる」ニュースも全くピンと来ない(笑ってた)人たちだし、わざわざクソ寒い雪の中でスポーツなんて「アホちゃうか」くらいにしか思ってないようなので、当たり前の反応ではあるのですが。まあ、「ジャマイカがボブスレー」みたいな奇跡の事態が起きれば注目されそうですけど。
    タイ人が冬季五輪出てるのを見たのは、ソルトレークシティのクロスカントリー。アメリカで長らくお住まいの、大学助教授だったか教授だったか、しかも50歳近いおっちゃんだったと思います。タイ代表で出てました。まさに、五輪の「参加することに意義がある」精神を全身に背負ってた感じで、見事(?)完走、だったと思います。
    なんとなく見たいかな、と思うこともめいわけじゃありませんが、周りが盛り上がってないと、自分もしぼみがち。人間の心理ってこんなもんですね。どっちみち、うちのテレビでは視聴不可能なんですが。それに、ネットでニュース見てるけど、やれ失格だ、失速だ、っちゅうて、タレントとかアイドルとか使って特別番組も放送して、盛り上げまくって期待してたわりには、当然ともいえる結果がついてきて、あ~あって感じ。期待が大きいと、失望も大きいので、初めから期待しない方がいいのに。
    ちなみに、冬季スポーツ、ほとんどといっていいほど出来ません。これも、冬季五輪にあんまり興味がわかない原因のひとつかも。
    2/9/2006

    English

    うちの会社は、グループ会社のほとんどがアジア。ここタイのほか、武漢(中国)、東莞(中国)、インドネシア、インドに工場があり、この度ベトナムはハノイ近郊のハイフォンという都市に新工場ができました。このうち我が社が特に頻繁に連絡を取っているのが東莞、インドネシアとベトナム。それぞれ日本語の通訳さんもいるようですが、通常は英語による電話、メール。日本の本社とはもちろん日本語でやりとり。(っていうか、逆に英語の話せる日本人がいないし。)
    海外との連絡が必須の我が社、特に営業とか購買とかは最低限の英語は必要かと思うんですが、英語の出来る人が少なすぎ(日本人もそうやけど)。日本語の出来る人はもっと少ない(日本人でも日本語の不自由な人いるけど)。で、なぜか海外からの電話がよく私に回ってきます。オペレーターが黙って内線で回してくるんです。オペレーターも「ちょっと待って」くらい言ってくれよ~さらに、英語のメールも勝手に転送されてくる。で、「タイ語に訳して」って・・・私日本人なんですけど・・・
    現在のタイの教育制度では、小学1年から英語教育が始まります。幼稚園や保育園でも英語遊びとかさせて、英語に親しませる努力をしています。聴講生として行ってる技術学校でも、欧米人相手のガイドを長年やってたとかいうおばちゃまが、中学生レベルの英語をオーバーアクションつきで教えてます。(学生は寝てるけど)
    が、レベルは・・・なんとも言えない感じです。うちらって、発音記号とかも習って、なんとなくそれらしい発音とかもやってみたり、英語圏からいらした方と接する機会もあったりで、ある程度は慣れ親しんでるんですが、タイって、英タイ辞典の発音記号はタイ語でそのまんま書かれてるし、だいたい先生の発音がどうもよろしくない。日本で言う「カタカナ英語」っつうか・・・もう、めっちゃ「タイ語英語」なんですよね。まあそれでもある程度の語彙があってしゃべれればアクセントなんかどうでもいいんですが。
    とはいえ、現首相みたいに横文字大好きも困りものです。アメリカ留学経験があって、現アメリカ大統領とご学友だったらしいですし、確かに発音も(私の知ってる他のタイ人に比べれば)エクセレントに近いんですが、あれはやりすぎ。何事も程ほどが一番ですな。
    そんなわけで、チョンプーちゃんの英語、会社内では活躍中。で、使ってるうちに思い出してくるし、自信も(過剰すぎないほどに)ついてくるし、学校に行かなくても実地訓練になるし、ええ勉強やと思うことにしています。やっぱり英語って大事やと思います。英語が出来ればタイ以外の国に行っても大丈夫かもしれんし、お付き合いの場が広がるし!

    摩訶不思議な縁(えん)

    突然ですが、前職ではいろんな人に会い、いろんな事件が起こり、自分自身いろんな体験をしました。転職してちょうど2年になりますが、転職先を告げずに前職を退職した感じでした。っていってもタイ人だらけの職場だったので、結局は皆知ってるんでしょうけど。なんせタイには「二人の秘密はみんなの秘密」って諺もあるくらいだし。
    それが、今年になって立て続けに当時付き合いのあった人から連絡が来たんです。
    1件目は、新年でした。前職当時、奈良県の某大学にて留学のため渡日し、1ヶ月もたたない女子学生が事故に遭い、1ヶ月間昏睡状態の末に命を落としました。チェンマイの田舎から突然日本にやってきて目が覚めない我が娘を見守り続けていたご両親、お姉さんと通訳さん(タイ人男性と結婚した日本人女性)、加害者側である某会社の渉外担当の方などとの連絡を私がしていました。そのお母さんが、突然電話してきたのです。私のことを覚えてて下さったのが驚きです。
    2件目は、先月下旬、知り合いを通じて、当時の上司の一人が連絡を取りたいと言ってきたのです。1999年7月に渡日した上司は、身重のベトナム人妻を伴っていて、私が通院やお母さん教室に付き添ったりしていました。1999年10月末の出産時は、午後1時に陣痛が始まり、夜中の3時に出産という大難産だったのですが、日本語が不自由なご婦人に付き添って分娩室に呼ばれ、上司と一緒にラマーズ呼吸法までやったチョンプーちゃん。この上司も、最近私がタイにいることを知ったようで、それなら連絡したい、ということになったようです。あの子もすでに小学生のはず。時代の流れって速いもんです。
    そして3件目は、今日のお昼でした。タイ人女性が電話を掛けてきて、「チョンプーさんでしょ?」と。名前を聞いて思い出しました。実はこの女性、昨年暮れから名前を聞いていて、彼女が私と連絡を取りたがっていると聞かされていたのですが、思い出せなくて、そのままにしていました。今日、彼女自身と話をして、やっと「点と線が繋がった!」状態。あるタイ人女性が刑事事件で何年も留置されていた当時、弁護士、女性の家族などとの連絡を担当していたのですが、ボランティアとして協力してくれていたのが今日電話してきた女性。さらに、被告女性がすでにタイに帰国していると聞いて、心の重荷が降りた気分です。退職時気がかりだったことのひとつだったので、本当にほっとしました。
    さらに、先週末には実家近くに住むタイ人女性が久々にタイに帰国していると電話してきてくれたり、先月末にも、以前に仲良くしていたタイ人家族が超久しぶりに電話してきて近況を知らせてくれたり、不思議なもので、こういうのって同時に来るんですねえ。縁というのか運命というのか、それともただの偶然か分かりませんが、嬉しいものですね。一人で胸に仕舞っておくのがもったいなくって、公表してみました。
     
    2/4/2006

    サイバーショット

    私が普段から使っているデジカメ、ソニーのサイバーショット。たしか2001年ごろ購入したんではなかったかと思います。上部がレンズごと半回転し、自画像も撮れるってやつです。パソコンもソニー、ステレオもできればソニーが欲しいソニーバカな私は、迷わずソニーのデジカメを買ったのです。
    以来、行事ごとに持ち運び、素晴らしく美しいショットから、一生自慢できるショットから、えげつなすぎるショットまで、それはそれは活躍してきました。タイに来てからも、仲間と遠出、近場でパーティ、親戚宅訪問など、ことあるごとに持ち歩き、撮影していました。もちろん昨年末から新年にかけての北部キャラバンの旅にも忘れず持って行きました。
    が、なんか調子がおかしいのです。夕方暗くなってくると、フラッシュが使えない。楽しいキャンピングも飯盒炊爨も、ドーイ・インタノンから見たド早朝の雲海も、このブログに掲載した写真は全て先輩のデジカメ写真・・・だって私のだったら画面が真っ暗なんですもの。昼間の写真はなんとか撮れる状態だったので、ひたすら昼間にパチパチ。
    で、先日ついにソニー専門店に修理に出しました。実は初めての修理なのですが、購入後数年経過してるし、あっちへこっちへ持ち歩いてさぞかし手荒い扱いもしてきたし、もしかしたら何万バーツもかけて新種購入かと、カタログをめくってみたりもしましたが、運良くフラッシュ部品の交換、1,900バーツだけで済みました。よかったよ~
    現在フラッシュ交換後のサイバーショットちゃんは絶好調です!どこでもかしこでもピカピカ、キラキラ。来週の連休にもまた自然と戯れる旅に出る予定なので、活躍すること間違いなしです。皆様にも今まで以上に写真をお見せできることと思います。
     

    今年の中国正月は

    太陰暦で決まる数々の行事、中国正月もその一つ。昨年は2月7日ごろだったと記憶してますが、今年は1月28-30日。初日はお参り準備の日、2日目はお参りの日、そして3日目は親戚周りなどの日と決まっているようです。もちろん中国系の人の行事なのですが、一般のタイ人もなぜか中国系の人と似たことをやっていました。
    28日のかなり早朝、めっちゃタイ人の連れの実家で、いつもお供えをしているご先祖様のお仏壇(仏像棚とでも言うべきか)、屋外にある土地神に加えて普段お世話になってる車にも、特別なお供えをしました。小さめの鶏ちゃん丸々一羽、鶏と同じくらいの大きさのアヒル丸々一羽、トンポーロー(中華風豚角煮)に使えそうな分厚い脂肪たっぷりの豚肉特大一切れがでで~~んと乗っかっているでっかいお盆と、中華風のお饅頭(っちゅうか蒸しパン)、月餅、毒々しい色のゼリーなんかが乗っかった小ぶりのお盆、そしてお酒とお水。ちなみに、車へのお供えはお酒ありませんでした(当たり前といえば当たり前)。これらをお供えし、お線香に火を灯して南無南無とするのです。連れの家ではやりませんでしたが、大抵の家は、南無南無の後爆竹で景気づけをするので、ご近所さんは早朝からえっらい音でした。
    その後、お供え物は片付けられ、日々の人間様のエサと化すわけですが、中国人って、ご先祖様とか大切にするからっていうのもあるんだろうけど、正月にえっらい金使いますなあ。上海とか北京とかから地方に帰省する人も、故郷に帰ってこういうことしてるんだろかねえ。まあ、日本も変わらんか。おせち料理作ったり、お年玉があったり、あれこれ飾り物したりするもんな。
    そして、この中国正月の時期に、9箇所のお寺を回ってお参りし、神聖な石に金箔を貼ることを慣わしとしている人もいます。この金箔を貼る行事は、各寺院で、神聖な石を埋めるために20-30年ごとに開催される神聖な行事らしく、参拝者は、その年にその行事を開催している寺院を探して回るのです。時には何県も越えて探すこともあるとか。
    中国正月前になると、決まって「あんたんとこって中国系?」「お参りするの?」などという質問が飛び交います。なぜか中国系の人は「もっちろん!」と自慢げ。中国人とタイ人のいわゆる混血(って言うのか?)でも、育った環境によってその慣習はずいぶんと違うようですが、まるっきりタイ人でも「うち中国系」と見え透いたジョークを言う人もいます。完全に無関係を決め込むのは、南部マレー系(ムスリムというわけではないようですが)。華僑が圧倒的に多く、経済力でも中心的存在となっているマレーとかシンガポールだったらまた雰囲気は違うのかもしれませんが、多民族国家って、こういうのなんだなあ、と、日本人の私は思ったのでした。だって、我々にとっちゃ、神戸の中華街でのお祭りのひとつ、くらいにしか思ってないもんね。
    お供え、お参りを一通り済ませた後は、暗黙の了解で、酒盛り。お供えにちょびっとだけ使ったお酒も、やはり人間様に摂取されるのでした。