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2007/6/28

風水信じます?

ここ1ヶ月ほどの間に、会社の車が、配送車2台、セダン3台と立て続けに故障しています。配送車は老朽化も一因なんですが、4月中旬のソンクラーン長期休暇以降の乗用車の故障記録は、こんな感じです。
 
-購入後6年近く、45万キロ走破の○フィーロが、高速道路であおられた末に連続衝突に巻き込まれ、前後を1ヶ月間掛かって修理。
-約5年使用した○ムリが、○ヨタ社に顧客訪問に行く途中、高速道路上で突然ダウン、タービン系が故障したらしいのですが、超のろのろ運転のみ、エアコンも効かず、修理に約1ヶ月。
-上記の○ムリの代車としてレンタルした別の○ムリ、300キロ以上離れた東北地方のメーカー監査に行く途中で、ブレーキパッド故障。これものろのろ運転のみ、パッドの金属音が車中に響く中での走行。帰路はもちろん、別の代車を配車してもらいました。
-購入後1年しか経ってない○コードは、休日に上司が自分で運転してゴルフに行った帰りに、国道で突然ギアが入らなくなるアクシデント。○ンダ社は、原因分析のためにと車を研究センターに持ち込みました。この後、○ンダ社の他の車種でもギア問題が発生したのでしょう、3年前のモデルのジャズ(日本のフィット)を運転してるお連れさんのところにも○ンダのカーセンターから文書が来て、『無料でギアのハズミ車交換します』とのこと。無料だったからすぐに交換してもらいましたが、本来なら66,000バーツも掛かるみたいです。
-そして事故から復活していた○フィーロが、ある日突然エンジンが止まってしまいました。給油ポンプっていうんですか、ガソリンをエンジンに送るポンプが故障したためだそうで、エンジンを吹かすと止まる。これも修理工場へ。
車とは関係ないけど、チョンプーちゃん自身も、ソンクラーン以降、手術はするし、薬アレルギーは出るし。チョンプーちゃんの場合は、後厄と言えなくもないけど、それにしても会社の車、どうしちゃったのかしら。
昨日、中華系の先輩がふと、「社員も言ってたんだけど、4月中旬に工場移転してから、車よく故障するやん。これって、移転先の工場の場所に関係するのかもって。」と言い始めました。占いとか迷信を信じる中国系はもちろん、タイ人でも「風水」を気にする人がたくさんいます。私も、どこで覚えたのか(多分両親が言ってたような気がするんですが定かではない)、三叉路の突当たりは、よろしくないということを覚えてました。それと車の故障を関連付ける理由も証拠もないんですが、言われるとそんな気がしてくる。
そういった迷信を初めて聞いたらしい上司、ちょっとうろたえ気味に「で?どうしたらいいんだ?」
移転した工場の正面に、小さくても鏡をつけておけば、魔除けになるんですが、それを説明すると、上司は想像が湧かないらしく、「どこにつけるんだ?どこで買うんだ?予算は?日程は?」と畳み掛ける。いや、そこらの中国系財団とか寺院で売ってる、300バーツとかのでいいんですよ、シャチョーさん。
華僑系のおうちでは、この魔よけ鏡を見かけることがあります。やはり信じているのか。確かに、昔は革命団のクーデターだって、占いで日程や時間を決めてたし、今でも結婚式の日程や場所は、占いに頼る人がかなりいます。中国系に限らず、日本人も、早い話が世界中どこでも一緒だけど。
2007/6/27

前髪

日本語では「前髪=まえがみ」と言っている部分。
タイ語では「ナーマー=馬面」。
確かにお馬さんのあれ、前髪みたいだもんな。
先月、行きつけの美容室で、髪を切り揃えてもらったのですが、カット関係の大会で全国4位になったこともあるお姉ちゃんの勝手な都合で、何年ぶりかで前髪を短く揃えました。パーマも、(特定の、何かにとり憑かれた時期を除いて)10年以上ほぼ変わらないスタイルですけど、前髪も、それ以上に長いこと短く切ったことがありませんでした。
周りの反応、毎日同じ車で通勤する某日本人は、典型的年寄りで、他人のことに全く関心がなく、女性を褒めたこともないらしく、昔取った杵柄だけを糧にしているためか、おべっかだけが生きがいの某日本人が「お!髪形変えたのか!似合ってるねえ」と声を上げて初めて気が付いたようです。
そして、タイ人だけに子供じみた反応。「ヒヒヒ~~~ン!」と馬の鳴きまねをされました。

2回目です・・・

先週の金曜日の夕方、お金を下ろそうと会社の近所のATM(どうして日本だけCD=Cash Dispenserって言うのかな)に寄りました。財布からカードを1枚抜いて、機械に差し込む。しょっちゅうお世話になってるだけに慣れた手つきでボタンを押していく。すると、「お客様のカードはご利用になれません」ん?一旦キャンセルして、再挑戦。やはり「ご利用になれません」見てみると、あらまあ日本の銀行のカードだったわ。改めて財布を開く。あれ?あるはずのポケットに、あるはずのタイの銀行のカードがない。財布のあらゆるポケットを探したけど、ない。仕事帰りの働かない頭で、考えに考えた。
思い当たったのは、その前の週末に、大型ショッピングモールに行ったときにお金を下ろしたのが最後ってこと。っつうことは、そこで抜き忘れたんだ。確か私の後ろには誰も並んでなかったし・・・
実は、カード紛失は2回目。1回目は、3分ほどして気が付いて、走って戻ったけど、あれって30秒くらい放っとくと、機械に吸い込まれてしまうんですね、間に合いませんでした。しかし今回は、一週間も気が付かなかった。1回目で懲りて、かなり慎重に確認してたはずなのに。
とりあえずカスタマー・センターに電話して、利用停止、通帳の更新をして、まだ誰にも使われてないことを確認して、一安心。よかったよ、友人みたいに暗証番号をカードにでかでかと書いてなくて。
ところで、金を下ろしに行った←金がないから。そしてその日は金曜日。次に銀行が開くのは月曜日。言うまでもなく、トホホな週末を過ごしました。
月曜日、早速銀行へ。「本日お受取になられますか?それとも3日後。本日なら300バーツ、3日後なら100バーツです。」もちろんその場で頂きました。
 

どういうことやねん

昨日の午後、デスクの電話が鳴りました。かなり忙しい時間帯なのに。(会話は全てタイ語です)
「チョンプーさんですか?」
「はい、そうですが」
「チョンプーさんはおいくつですか?」
「はあ?」「どちらさまですか?」(すでにムッときている)
「私なんとかかんとか会社からで、あなたの履歴を送ってもらいたいんです。求職案内に載せるので」
(カチン!と頭の中で音がした)「私が職探しするとか、退職するってなんで分かるんですか?私がいつ求職案内をお願いしました?」
「で、チョンプーさんはおいくつですか?」
(ブチッ)「私の電話番号なんか、どっから入手したんですか?」
「別の部署から回ってきたので・・・チョンプーさん、セミナーとか行っってそこで何か記入したんじゃないですかぁ?」(それやったら本名やろ。なんで「チョンプーさん」やねん!)
「そんな私的な情報記入したことありませんけど!それに何で求職も退職も考えてもないのに履歴書送付を強制されるんですか?」(完全にヒステリックモードのチョンプーちゃん)「だいたい礼儀ってモンを知ってるんですか!」
と私が電話口で言ってる途中で電話がツーツーツー。
後ろで先輩と同僚が、「何なん?どないしたん?」と不思議顔。事情を話したら、「それやったら、『年齢50歳です!未亡人です!』くらい言っとけばよかったやん」だと。もうちょっと余裕のある時間帯にかけてきてくれればよかったのに。
2007/6/13

早起きしすぎ

最近、旅の疲れがまだ取れないのか、程よい気候なのか、それとも飲みすぎているのか分かりませんが、毎日爆睡。ここ数日はほぼ毎日、夜中に激しい雨・風・雷に見舞われているらしいのですが、全く存じません。朝起きてから、あら道路が濡れてるわ、あら木が倒れてるわ、といった調子。
ただ、爆睡は午前4時頃までしか続かず、そこから起床時間まではうつらうつら。たまに夢も見てるみたいなんですが、ほとんど思い出せない。
肩凝りのせいかもしれん。マッサージって、やり始めるとクセになって、毎週でもしないと何となく体調がよくないというか、違和感があるというか、落ち着かない。先週日曜日に、マッサージに行かずにボウリング+水泳なんてしたからかも。体は正直やなあ。
2007/6/11

鶏屋さん

自宅から約20キロ離れた小高い山の向こうのフッボーンという地域に、この辺ではかなり有名で、「勝手にフランチャイズ」もできている鶏屋さんがあります。鳥インフルエンザが大流行した時期でさえ、お客さんの数は多少減ったものの、しっかり生き延びていました。
たしか1977年ごろに開店したんだったと思いますが、鶏卵用に飼育している鶏の肉を料理するんです。さっすががめつい血統の方々。もう卵も産まなくなった雌鶏の肉なので、割と歯ごたえがあるんですが、肉からモツからあらゆる部分を使ってバジル炒め、スープ、蒸し、揚げなどなどバリエーション豊かに料理してくれます。年老いた鶏の割には臭みなど全くなく、そしてお味の割にはほんま?と思うほどの低価格。
開店して数年後に、当時の皇太子妃が長女と一緒にご来店されたこともあり、今でも写真が飾られています。
タレも、ほどよい酸味と辛味で、クセになります。昨日は朝ごはんをわざわざ抜いて、この鶏屋さんでブランチでした。
「勝手にフランチャイズ」はシーラチャー周辺の街の中にも高速道路沿いにも結構できています。タイでは「のれん分け」っていうよりも、本家本元からレシピを買い取り、名前を使わせてもらうみたいです。鶏屋さんも例外ではありませんが、どのお店も、本家の味にはかないません。店によっては、「ほんまに同じレシピでやってるんか?」と言いたくなるような味付けだったりもします。
シーラチャー周辺にお住まいの方、パタヤ方面にお出かけの方など、機会があれば一度試してみて下さい。
 

会社のお車事情

我が社では、配送車4台(2トン、6輪1トン、4輪1トン、ピックアップ)とセダン3台を使用しています。
昨年末に新調した2トン車はいいとして、1トン車は2台とも購入後かなりの年数が経っていて、しかも毎日何百キロという距離を、金具などのついて重い製品を配送しています。故障は日常的でした。が、4月のソンクラーンの頃に、4輪1トン車が高速道路上でハンドルが効かなくなって尽き果ててしまい、急遽新調することに。これはまあ仕方ない。
時期を同じくして、セダンの中でも最も古く(6年)、最も走行距離が長い(40万キロ以上)○フィーロ(井上陽水のCMを思い出すのは私だけじゃないはずだ)が高速道路で大型トラックにあおられた末に前後をかすり、修理工場へ長期入院。チョンプーちゃんの通勤車でもあったんですが、この後1ヶ月に渡りVIOSを代用車として使用しました。
先週の木曜日(7日)、次に古い、某上司使用のカ○リ(4年半)が、タービン関係の故障で高速道路上でダウン。ヨロヨロと息絶え絶えで入院。替わりに新型カムリを借り、土曜日(9日)に約400キロ離れた東北地方のメーカーさんを訪問することになりました。ところが、この代車のブレーキパッドと周辺部品に異常発生、これもパッドをキィキィ擦らせながらメーカー社まで到着、その後でっかい4駆の○ォーチュナーを新たに借りて帰ってきました。
金曜日(8日)には一番古い6輪1トン車が案の定故障し修理工場へ。これも予算に計上されていたことが判明し、急いで更新の準備に取り掛かりました。
そして昨日日曜日(10日)、ボウリングをしていると、上司から電話、昨年新調したばかりの○コードが故障したとな。走行中いきなりギアが外れてしまったとのこと。大急ぎで迎えの車を配車し、上司は故障車をボウリング場の駐車場に乗り捨ててご帰宅。故障したギア部分、うちのお客さんとこで組み立ててるらしくて、しかもうちの製品もそこに組み込まれてる可能性大だとか。大丈夫かいな・・・
怪我などは一切ないのが救いですが、相当使い古した車輌はまだしも、昨年購入したばかりの車まで、なぜか短期間の間に続けざまに故障が起きています。定期点検とかも一応やってるし、タイヤも交換してるんですが、なんせものすごい走行距離と、あまり整備されてるとはいえない道路事情、シーラチャーとバンコクを1日複数回往復するような過酷な動労条件ですから、調子悪くなってもおかしくはない状況です。自動車部品製造業に関わってるだけに、かなり気になります。
2007/6/7

ネコちゃんの話

昨日会社からの帰り、信号待ちをしてたら、まさに人面ネコみたいな顔のネコちゃんが、ご主人様と思われるおっちゃんと戯れてました。イヌかネコかって聞かれると、幼少時からどっちも家で飼ってたせいか、どっちも可愛い。田舎だったので、小学生の頃などは、捨てられてるイヌとかネコを拾ってきては飼ってました。でも世話しないのよね。イヌなんかも繋ぎっぱなしだったり。弟は大の愛ネコ家で、毎晩数匹のネコちゃんと床を共にしていたほどですが。
そんな中で、歴史に残るネコちゃんがいました。確か私が高校生の頃だったか、当時すでに数匹のネコちゃんを飼っていました。メスのネコちゃんも特に手術もせず(そんな金もなかった)、子供や孫が次々とでき、それらを飼い続けていました。そしてある日、ネコちゃんたちが食事中に、一匹のネコが無言で(当たり前だ)家に上がりこみ、堂々とうちのネコちゃんたちのメシを食べ始めたのです。さらに、腹が膨れると、そのまま家に居付いてしまったのです。
このネコちゃんと同一人物(ネコ)なのか定かではないんですが、ものすごい賢いネコがおりました。人間様が会話をしていると、じっと見つめて、なんか理解してそうな表情をするのです。我々が冷蔵庫を開けようとすると、大好物の牛乳があることを知っていて、「ニュウニュウ~~~(ギュウニュウ)」と鳴くんです!我々が「漬物~」と言っても反応はしませんが、「牛乳?」と訊ねると、一段と大きな声で「ニュウニュウ~~」。比較的体格のよいオスで、力が強く、家の入り口の重いスライド扉も、ほんのちょっとの隙間さえあれば、ぐぐっと開けてしまう。そしてなんと左利きで、左手(左前足)を使って器からご飯を掬って食べるのです。扉を開けるときも左利きでした。
あまりの態度のでかさに「キング」と名づけられたこのネコちゃん、3~4年ほど居ついた後、ある忽然と姿を消しました。ネコは、自分の死期を悟ると自分の意志で出て行くと聞いていたので、その時が来たんだな、と思っていました。その後も存命のネコちゃんとその子孫を飼い続けること約4年、またも見慣れないネコが侵入してきたのです。驚いた母親がよく見ると、風貌がキングちゃんによく似てる。でも決め手がない。まるで中国孤児。と、誰だったかがネコちゃんのしっぽを持上げました。「やっぱりキングちゃんや!○マ○マの模様がキングやって!」そんな決め手があるのか?キングちゃんであることが分かってから、また誰かがつぶやきました。「そういえば、ちょっと離れたとこで、キングちゃんらしきネコちゃんを見たような気がしたなあ」「きっとどっかのメスネコんとこでおったんやって。」
そうしてキングちゃんは、再び家族の一員となりました。それからさらに3年ほどして、またふらりと出て行ったそうですが、再び戻ることはなかったようです。
うちの某父親の趣味らしいんですが、ただの雑種のネコたちは全て、英語の名前が付いていて、しかも略称で呼ばれていました。例えば、「ハリー」は「ハーちゃん」、「マーガレット」は「マーちゃん」など。実は「キング」も「キンちゃん」と呼ばれていました。そういえばシェパードの血の混じった雑種犬も「シェー」でした。
2007/6/4

バリ島のお車

バリ島は、というかおそらくはインドネシア全体が、日本やタイと同じ左側通行ですが、タイよりもはるかにバイクの数は多く、交通マナーにはかなり恐怖感を覚えました。我々の乗ったワゴンすれすれに、かなりのスピードで走り去るバイクは、おなじみの日本ブランドばかり。ただ、タイで走ってるバイクとは、Y製のMio以外はブランド名が全然違いました。またタイではH製、Y製が2大勢力ですが、バリではS製がかなり幅を利かせてる印象でした。
ワゴンは、タイではT製のでっかいワゴンが売れてますが、あちらはM製の小ぶりなワゴンが大半を占めていました。しかも、後部座席のドアは、スライドではなく各列についている、普通の引くドア。ただこのタイプのワゴンは、ツアー会社の送迎用などに多く見られ、ビーチ沿いの通りを行き来する乗り合いタクシーはS製の、チョンプーちゃんの実家じゃブドウの運搬に使うようなワゴンが、スライドドアを開けっ放しにして走っていました。
ちなみに、やはり事故は頻繁に起こってるみたいです。大量の魚を運ぶバイクがこけて、アジっぽい魚が道路いっぱいに散らばっていました。

バリの滋養強壮剤

バリ島到着初日、ホテルに向かうワゴンから見えたのは、「M150」の広告。タイでは有名シンガー4名(ローソーのセーク、ビッグ・アスのボーカル、ボディスラムのボーカルそして女性シンガーのランナー)が、もちろんセークの作曲によるエネルギッシュなCMソングを歌っていますが、バリ島で見かけたのはなんと成龍=ジャッキー・チェンでした。所変われば品変わる、っちゅうことですね。
そして、世界的には「RED BULL」で知られる、タイの「クラティン・デーン」は、インドネシアでも「KRATHING DAENG」でした。なんで「RED BULL」じゃないの?と聞いてもガイドさんも首を傾げるばかりでした。ガイドさんも、クラティン・デーンがタイ語で、RED BULLと同意だって初めて知ったらしい。
タイではその他にもたくさん見かける滋養強壮剤ですが、バリ島ではあんまり見かけませんでした。コンビニでも全然といっていいくらいにありませんでした。なんででしょうか?

6月3日は連休最終日

最終日のお迎えは午後2時だったので、この日は朝から無料で何回でも使えるホテル内のプールを初めてご利用。浜辺やプールサイドで平気で焼きまくってる西洋人を横目に、チョンプーちゃんは木陰のチェアーで日焼け止めクリームを塗りまくってから出陣。と、プールの脇に、約2メートル四方のチェス盤が置かれているのを発見。久しぶりのチェス、しかも駒は高さ50センチはあるビッグサイズに、思わず真剣にやってるうちに髪もすっかり乾いて、肌がじりじりと焦げてきてるじゃありませんか!太陽の強烈さは、サムイ並みだと思います。つまりは暑い。っていうか、熱い。まじで。プールでも。上を向いてプカプカ浮いてたら、5分もしないうちに顔が痛くなってきました。
ちなみに、チェックイン当日にもらったウェルカム・ドリンクのチケット、チェックアウト寸前のこの日にやっとご利用。オレンジ・ジュースとバリ・ライス・ワイン(早い話が焼酎か?)のカクテルだったらしいんですが、オレンジ・ジュースの味しかしませんでした・・・
バリのお酒といえば、ARAKという焼酎、BLUE MOONというカクテル・リキュールなど数種あるみたいですが、すべてお土産用のみの購入。あと、STORMとかいうバリ・ビールもあるらしいのですが、あまり好まれていないようで、あるお店に看板があったものの、そこにも売ってなくて、結局全く見かけませんでした。
体が焦げてきた感があったので、プールから上がり、身支度をしてチェックアウトし、またもビンタン・ビールと共に軽くランチを取った後、ガイドさんのお迎えで空港へ。名残を惜しみつつ、ガイドさんと写真を撮ってお別れ。いやあ、全くの異国の地で、ガイドさんなしではかなり辛かったと思います。ガイドさんに感謝、感謝。
空港のカウンターはすでに長蛇の列で、窓際の席はゲットできず。偶然にも在タイ7年という、タイ語ペラペ~ラのトルコ人と知り合い、時間つぶしもあって会話が弾みました。
チェックイン後、残ったルピアの処置がトピックに。手持ちは25,000ルピア=約92バーツ(=320円強)。搭乗口手前の小物売り場で2ドル=18,000ルピアのマグネットを購入し、残りは6,000ルピア=22バーツ=約80円。これで買えるほど安いモノはもうありません。しかも両替にしてもらえないほどの少額なので、記念品となりました。
遅延もなく、時刻通りに出発した飛行機は、そろそろ夕食のお時間。往路ではなかったお酒類が帰路では出され、ここぞとばかりにたらふく頂きました。たったの数日我慢を強いられていたタイ料理を目の前にして、お連れさんは満足気。途中、雨雲の中を突っ切ったりしましたが、到着時にはちょうど雨も上がっていて、アパートに帰り着いたのは午後10時過ぎでした。荷物の片付けもお土産の仕分けもそこそこに、あっという間に爆酔でした。

6月2日は土曜日だったけど

翌日は、松井秀喜があわやホームランというライトフライを打ち上げた場面を見ながら起床。ゆっくり朝食を取った後はマッサージに挑戦。大抵どこのお店も、バリ・マッサージの他にタイ・マッサージ、シアツ(指圧)、垢すり(韓国のやつ)や、ストーン・マッサージ(熱い石を使って血行を良くするらしい)がありました。前日から目をつけていたお店で、せっかく来たんだからとバリ・マッサージを受けることに。
お店の中に通され、「はい、服脱いで。パンツ1枚だけになってベッドに寝て。」タイやったら着替えのひとつもありそうなんだけど・・・
結果、バリ・マッサージは、タイでも見かけるオイル・マッサージみたいな感じでした。なんとなく軽くなった感じだったし、ガイドさんが紹介してくれたお店の半分以下の値段だったし、よい経験になりました。
午後は、ガイドさんに頼んで、デパートに連れて行ってもらいました。車中から、制服を着た子供が走ってる姿を見かけたので聞いてみると、土曜日は半日学校なんだそうです。公共機関は休みなのに。インドネシアの教育制度は、大学が5年という点を除いて日本やタイとほぼ同じ。前を通ったデンパサールの学校は、小・中が付いてる割と大きい学校でした。
車がビュンビュン走ってる道路を、ガイドさんに連れられてビクビクしながら渡ったデパートの、どこにでもあるようなスーパーで一般的なお菓子やビールをお土産用にまとめ買い。一部の食べ物のパッケージに「HALAL」という表示を見かけました。これは、豚の成分が入ってないのでイスラム教徒でも食べられます、という表示。いつだったかニュースで見たけど、実際見たのは初めてでした。ガイドさんやホテルのスタッフは相当英語が堪能なんですが、デパートの売り子さんは全然ダメ。何を尋ねても、値段しか答えてくれません。まあ、どこの国でもこんなもんだわな、と思うことにして、レジに並びました。と、長蛇の列なのに、レジ係は一人だけ・・・しかも、タイのデパートみたいにエアコンがガンガン効いてるわけでもなく、汗がダラダラ・・・やっと我々の番がきました。合計金額を見ると、300ルピアという端数がある。今までお札しか手にしなかったし、しかも100,000、50,000、20,000、10,000、5,000、一番少額のお札で1,000ルピアでした。初めて少額のコインをゲットするチャンスか?するとレジ係のおばちゃん、100ルピアコインを1枚と、キャンディー2個をくれました。騙されてんのか?狐に抓まれた思いでガイドさんに尋ねてみると、「小銭がない場合、同じ価値、つまり100ルピアのキャンディーをお釣りの替わりに渡すんだよ」とな。はあ・・・まあ、100ルピア=0.37バーツ、つまり37サタン、1バーツ以下のコインなどは、スーパー以外ではほとんど使われていないし、状況的にはそれと似たようなもんかしら。でも・・・飴ちゃんがお釣りの替わりかいな!納得行くような行かないような気持ちのまま、重い荷物を引きずってホテルに戻りました。
夕方、散歩がてらホテルから少し離れた通りをぶらっと一周しました。西洋人向けレストランばかりの一角を外れると、ちょっと洒落たインドネシア料理やバリ料理レストランと、めっちゃ庶民の食堂などが並ぶ通りもありました。その辺でも食べられる自信は十分にありましたが、保守的で愛国主義なタイ人のお連れさんは、どうやら苦手そうだったので、結局無難な西洋風・アジア風な料理+ビールだけはどこにいっても現地ビールでオッケー!なのでビンタン・ビールを頂きました。
この日もやはり体力を消耗していたようで、あっという間にご就寝でした。
 

6月1日も休日だって

6月1日の朝、ビュッフェで朝食を頂き、ガイドのお兄ちゃんと9時に約束。別の団体が車輌を変更したために、我々2人の貸切で向かった先は、「バロン・ダンス」鑑賞。野外劇場に到着すると、ただでさえ湿度が高いのに、劇場内は人だかりでさらにすごい熱気。入り口に設置された各国語案内からも分かるように、世界各国からのお客様がひしめいていました。バロン・ダンスは、島民の信仰にまつわる、善(バロン)と悪(名前忘れた)との闘いで、やはり楽隊と女性の踊りがメインでした。それに加えて京劇みたいな化粧の大男とか、中国正月の獅子舞みたいなバロンとかが出てきて、計5幕に渡り踊りが繰り広げられます。西洋人はビデオやカメラを撮影したり、結構おとなしく見てるのに、日本人含む黄色アジア系の方々は、「自分の国の踊りと似てるわ~」と思ったのか、飽きっぽいのか、途中で席を立ってしまう人が結構いました。しかしこの踊りの?なところは、最終的に善と悪の決着はつかないというところ。バロンの従者たちが悪者の呪いにかけられてしまって終わり、みたいな、なんかすっきりしないというか首をひねる結末でした。
その後、デンパサール市内観光へ。バロンダンスを含むいろんなダンスの衣装、都会部や田舎の結婚式の衣装、バティックと呼ばれる布の織機などが陳列されている博物館、国立野外劇場もあるアートセンター、市庁舎などを回りました。見れば見るほど、仏教徒の共通点がたくさん。パーリ語源の言葉なんかも多く見られました。
ところで、この日ガイドのお兄ちゃんは、ズボンでなく金色のサロンを巻き、頭にはあれ、何ていうんだったか、布をかぶっていました。聞いてみると、公共の場所を訪れる時には、正装であるサロンとターバン(?ちがうよなあ)が普通なんだそうです。ガイドさん曰く、「それに今日はウィサカっていうヒンドゥーの休日だから」ほほう、これも仏教と同じでした。1日違いではあるけど。
あちこちを回って、昼を少し過ぎたので、典型的バリ料理のお店に連れて行ってもらいました。イスラム教徒ではないので、豚は一般的な料理のひとつだそうで、豚料理専門店に。豚のあらゆる部位を、揚げたり焼いたり茹でたり様々な調理方法で出してくれました。ヒンドゥー教の休日ではあるけど、特に禁酒の週間はないようで、ビールも昼間っからオーケーでした。
一旦ホテルに戻ると、暑さと湿気で相当体力を消耗していたのと、ビールの酔いで、あっという間にお昼寝タイム。ガイドさんでさえ、「湿気ってエネルギーが失われるから疲れる」と言ってたくらい。乾季でこれやったら、雨季はもっとすごいのかも。
夕方は、日本人には有名なケチャ・ダンス鑑賞に。バロン・ダンスとは別の、デンパサール市外の劇場に着くと、日本人+黄色アジア人少々しかおらん。西洋人にはあまり紹介されてないんでしょうか。ケチャ・ダンスは、楽器を使いません。トランス状態の男性が円陣を組んで、「ケチャ、ケチャ、ケチャ」と呪文のように歌い続ける中、ラーマヤナという神話の一幕が演じられます。女性と京劇風の悪者、猿、ガルーダ(神様の乗り物である半人半鳥)などが登場し、円陣の中で踊ります。これもなかなか味のある、というかめったに見られない踊りで興味深いものでした。
この後は、ガイドさんと別れてホテル周辺のレストランで食事。ホテル内の食事に比べると断然お安く、しかもバリエーションのある料理がたくさん。なぜかタイ料理まで。ビールはビンタン・ビールを指名。「星」という意味らしい、インドネシアの代表的なビールです。ガイドさん曰く、「飲みすぎたら星になっちゃうから」らしい。お店のお客さんは、長期滞在らしき西洋人に混じって、アジア系が時々うろうろしてる、という感じでした。泊まってるビーチはサヌール・ビーチと言って、空港からは一番有名で賑やかなクタとは逆方向。定年して悠々な生活をしてる老夫婦がゆっくり過ごすイメージのビーチで、こじんまりとした静かな所でした。

5月31日は祝日でした

その日、午前4時に起床し、最後の荷造りをして午前5時に空港に向けて出発しました。外はまだ真っ暗、ゴルフに行く方もまだ出かけない時間です。
車を走らせること約1時間、軽く朝食を、と思いサービスエリアに寄ってみると、なんと洪水!サービスエリアの道路が水路に。おいおい、空港の方大丈夫かいな~と思いつつさらに車を走らせること20分、空港あたりはどんよりはしていましたが、雨が降った様子もなく、飛行機は飛べそうでした。
某タイ航空のカウンターは案の定混雑していて、チェックインまで約1時間掛かりましたが、その後は搭乗まで比較的スムーズに進み、いざ「神の島」へゴー!某タイ航空だったけど、乗ってるのは欧米人ばっかり+リッチ層のタイ人少し。
午前中のフライトだったので、「朝食と、その前にはお飲物がでるはず♪」と、水分を控えてまで待っておりました。
が、普通のジュースとかばっかり・・・朝食と一緒に来るかしら?と思ったけど、それもない。
考えた挙句に思い出しました。今日って仏教関係の休日、ウィサーカブチャー(仏誕節)やん。それでアルコールは禁止なのかもしれん。
開き直って4時間のフライトを乗り切り、やっと到着!タイ国籍者はアセアン協定があって無査証で入国可能。日本人は、10ドルを払って査証申請。台湾からの大集団とか、アホな日本人カップルのせいで時間を取られましたが、なんとかゲット。10ドル払ったお釣りはルピアでくれましたが、すごい札の数!え?お釣りが8万ルピア?話には聞いてたけど、ゼロがたくさん並んでるのを見たら頭が・・・とりあえず必要額だけ両替していこうと、数百ドルを両替。出てきた色とりどりのお札、その額100万ルピア超。めっちゃ分厚い・・・とにかくカバンに札束を突っ込んで、いざ入国!
到着時刻は午後2時。一番暑い時間帯でした。しかも、事前チェックでは、気温こそタイと変わらないものの、湿度が年中80%くらい。乾季の真っ最中の現在も。そして外に出ると、湿気で息が苦しひ。と、目の前に、チョンプーちゃんの名前を書いたカードを持った若いお兄ちゃん。初めての異国の地で、ガイドさんはとても心強い存在。英語も、インドネシア訛りだけど、それなりに会話は成立してるし。
ホテルまでの道路は、ワゴンとバイクでいっぱい。街並みを見てると、ヒンドゥー文化が根付いてるのが一目で分かります。なんか仏教と似てるねえ、とガイドさんに話しかけてみると、仏教とヒンドゥー教は、源を一にしてるとの返答。そうでした。バリ島は、島民の80%がヒンドゥー教徒で、イスラム教が10%、キリスト教が5%ほどだそうです。街の看板は、英語に似てるようで全く分からない(笑)インドネシア語、たま~に英語、そしてヒンドゥー語がインドネシア語に併記されている看板も結構見かけました。
ホテルまで送ってもらい、チェックイン。小腹が空いたので、ホテル内の軽食レストランで、やっとありついたビールとサンドウィッチを少々。熱気と湿気でフラフラだったのですが、お会計のビルを見てさらにフラフラ。へ?80,000ルピアですか?その場で計算機を取り出し、バーツに換算すると・・・たったの300バーツでっか?
夕方は、ホテルのスタッフに紹介され、通常は月に2回、満月の夜にのみ開催されるフロッグ・ダンス鑑賞ディナーに。ビュッフェ開始前に少し時間があったので、バンブー・バーという吊りチェアーがカウンターを囲んでいるバーで一杯。すると、舞踊の楽隊ではない、ギター、太鼓などを引っさげたカルテットが闇の中から登場、「どこから来たんだ?」「日本」と答えると、「日本の歌を歌ってあげよう。『乾杯』を知ってるか?」?普通、外国人が知ってる日本の歌って、「昴」とか「北酒場」「北国の春」とかなんだけど、「乾杯」って誰の?するとボーカルのおっちゃんが歌い始めました。おお!長渕剛の「乾杯」ですやん!しかも4人のハーモニーは美しく、思わず中学校の卒業式まで遡ってしまいました。いやあ、異国の地でこの歌を聴けるとは思いませんでしたわ。
で、舞踊鑑賞のお時間に。フロッグ・ダンスは、カエルの王様と美しい女性の恋物語なんですが、楽器も、衣装も踊りもタイのそれとさほど違いはない印象でした。面白かったのは、カエルのお面と、カエルの鳴き声に似た音を出す、竹で造った楽器。
浜辺の砂の上に設定されたビュッフェテーブルには、西洋人の老夫婦や若いカップルが、元取ってやると言わんばかりに食べまくってました。ホテルの食事だけあって、割と西洋風の味付けでしたが、ビュッフェはお一人様168,000ルピア、ビールなんかも飲んで、2名様で400,000ルピアなり。酔いも回ってすっかり混乱状態。
そんなわけでバリ島初日は暮れていきました。