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2007/7/31 仏教の日にパタヤ29日は、初転法輪祭(アサーンハブーチャー)で、禁酒。
30日は、入安居(カオ・パンサー)で、禁酒。
もちろん、売ってもくれません。
しかし、パタヤ特別行政区は、まさに特別。飲み放題。やりたい放題。
29日の昼過ぎにパタヤに足を踏み入れ、某レストランで周りをきょろきょろ。お!欧米人はすでに顔が真っ赤。テーブルには何本ものビールの空瓶。我々も遠慮なくかんぱ~い!
住まいから30キロの至近距離にいながら、接待などの用事がない限りは来ることもなく、来たとしてもシーフードレストランでお食事して帰宅するだけだったので、連休を利用してパタヤで宿泊することにしたのです。サムイもプーケットも行ったことがありますが、もっと洗練度が低く、階層もピンからキリまでいるごった煮みたいな街、パタヤ。でも、旅行会社の手違いで泊まることになったリゾートホテルは、ドイツ系のオーナーが経営する隠れ家的ホテル。アットホームな雰囲気と、北タイ風のレセプションとロビー、パタヤのど真ん中にあるとは思えない静かな落ち着いたところでした。
仏教の日ってなに?とでも言わんばかりに、普段通り欧米人と某アジア地域内国民+タイのド田舎出身のイヌやネコだらけのパタヤ。午後いっぱいは露店を冷やかしたり、足マッサージしてもらったりして過ごし、夕方はお決まりのシーフード。その後、今回のメーン・エベントであるムエタイ・ショーへ!・・・と思ったら、本日ショーやってませんやん!仏教の日で、闘争はあかんということか、それとも見るからに営業してます!っていう感じになるからなのか、2軒ともリング付きのバーは閉鎖されてました。そして本来ならやはり取締の対象になってるんですね、いつもならネオンギラギラ、そしてネオン以上に化粧ギラギラ、浅黒い腹の肉ぶよぶよのオバハンが店先にたむろしてるビア・バーも、一応表向きは閉めてるフリして店頭の明かりを消して、店の奥で堂々と営業をしてました。でも、ん~、なんか雰囲気出ない。
というわけで、ソンテウ(乗り合いタクシー)に乗って、一部だけギラギラしてる繁華街を通り抜けてホテルに帰り、ホテル内のバーで一息つくことにしました。店内にはドイツっぽい熟年夫婦のグループ、ロシア系のファミリー、イヌを連れた西洋人グループなどが盛り上がってました。ノリがいいのはサメット島で実証済のフィリピン人バンドは、やっぱりすごかった。どんなリクエストもそつなく演奏する。しかも腕がいい。店員も、西洋人相手用にちゃんと教育を受けてるようで、英語も丁寧に話せるし、好感度高かったです。お連れさんは、種々のドイツビールを堪能し、超ご機嫌です。
そのうち、イヌではないが、職場の熟女秘書と不倫旅行、といった雰囲気の日本人のおっさん、ビールでかなり盛り上がってきて、ステージ最前列で盆踊り。目が合わないよう、ずっと下を向いてました。
少し遅い時間に、某アジア国民の若者グループが複数なだれ込んできました。タダでさえ厚かましい国民、若者なだけに傍若無人、しかも酔っ払って自己中炸裂!飲みまくり食べまくり、踊りまくり、歌リクエストしまくり。しかもケチだし、タイ人を見下しきってるし、こういうの相手に商売するのって、大変だと思います。
翌朝は、リゾート内で飼っている熱帯系の鳥の声で起床。リッチな気分で頂いた朝食は、やはり欧米風が中心。欧米人が昨晩お持ち帰りしたイヌも、食べたことがない西洋風朝食をがっついていて、白ご飯はともかく、お粥は売行き絶不調。
2007/7/30 アジア杯ついえましたね。土曜日、せっかく 急いで用事を済ませて帰って観たアジア杯、前回PKで勝って、今度はPKで負けてしまいました。
韓国にしてみたら、またPK勝ち。
終盤あんだけ攻めて攻めて打ちまくったのに、残念でしたなあ。
しかし、オシムさんの、「内容は悪くなかった」を信じられます?
そして、初優勝のイラク、死亡者が。嬉しくなると、TPOをわきまえずに撃ちまくるのね。 2007/7/23 初の在外選挙昨日は久々にバンコクへ!初の在外選挙に行ってきました。
事前に本籍地に在外選挙登録を行なっていたのですが(三重県名張市の第1号)、今回が初めての権利行使、しかも在タイ日本大使館移転後初訪問ということで、張り切って早朝に出発。9時半からの開場だって言うのに、9時には到着してしまいました。先客は、タイ人妻を持つ男性。日本語の流暢な妻と、バイリンガルの3歳の息子も一緒でした。選挙にやってきた人は、短期駐在者らしい人よりも、ある程度の期間タイにいる人だと思います。
9時半の開場と同時に入場し、難なく投票も終えて開場を後にしたのは9時40分。ちなみに、ご贔屓の政党と、高校の先輩の名前を書いてきました。
あまりにも早く終わってしまい、拍子抜け気分で日本人街のスーパーマーケットでめっちゃ久々の日本食材を遠慮がちに購入して帰宅しました。
ちなみに在タイ日本大使館はルンピニ公園という公共広場に隣接しています。昨夜のニュースを観ていると、ルンピニ公園で政治集会、警官との衝突もあったとか。昨日の朝から公園付近で群衆がいたらしいのですが、全く気付かず。巻き込まれなくてよかった。
それにしても、外貨レート問題、政治不信問題、元首相の裁判問題、新憲法案の国民投票問題、そしてデング熱と、民衆を混乱させる要素がいっぱい。サッカーも負けてもうたし。ボクシングもチャンピオン陥落やし。明るい話題といえば・・・う~ん、誰か提供してくれい。
2007/7/21 ボクシングはタイサッカーは、タイは負けたけど日本が勝って、一次予選を突破。
在外日本人として、自分はナショナリズムか?と思ってしまうほど、つい熱狂してしまいました。
が、ボクシングはなぜかタイを応援してしまう。特に、水曜日に内藤さんとかいう御歳32歳の日本人と防衛線を行なったポンサクレック・クラティンデーンジム は、チョンプーちゃんのご贔屓。これまでに17回防衛に成功した、タイの誇る世界チャンピオン。実は、2002年11月に大阪で行なわれた、ホンダさんという日本人との防衛戦を観に行ったことがあります。最近ニュースになってる某ジム所属のホンダさんのお膝元での一戦、怖い人たちの野次が飛ぶ中で見事に防衛成功。
おまけに、ポンサクレックの通訳をしていた日本人男性が試合後に忽然と姿を消してしまい、なぜかチョンプーちゃんが試合後のインタビューの通訳をすることになったんです。汗もまだ乾かないうちに報道陣に囲まれたポンサクレックの横に座らされ、数十人の報道陣からの質問を受ける。緊張する間もなく、訳の分からんままに数分をインタビューは終わったのでした。写真を一緒に撮ってもらったんですが、チャンピオンベルトは超汗臭かった・・・彼の小さな体は筋肉でできていて、腕なんてそんなに太くはないけど鋼のように堅かったのでびっくりでした。翌日の新聞には、そのインタビューの一問一答が、チョンプーちゃんの話した言葉のまんま載っていて、不思議な気分だったのを覚えています。
あれから4年以上もずっとチャンピオンだったポンサクレック、何人もの日本人が挑戦しては敗れてきました。
が、今回が3度目の挑戦となる内藤さん、最初から飛ばす飛ばす。序盤でポンサクレックは目の上を切ってしまい、その後劣勢のまま終了。終盤ちょっと盛り返したけど、届かずじまいでついにチャンプの座を失ってしまいました。
お連れさんもボクシング狂(血が騒ぐ、っていうか大沸騰)で、ソファに登り、部屋中を時には狂喜乱舞、時には怒り心頭で暴れまわり、かなり汚い言葉をテレビに向かって吐き出し、最後には髪を振り乱して悔しがり、自棄酒。
そういえば、最近話題になってる大阪のボクシング親子、ポンサクレックに挑戦させるって豪語してたけど、どうします? 2007/7/17 アジア杯予選 自己満足いやあ、昨日は急いで帰宅してテレビ観戦した甲斐がありました。
貫禄ですね。急成長のベトナムとはいえ、ニッポンには敵わない!格の違いを見せつけてくれた試合でした。何度も言うが、最初からこういう試合をしてくれっちゅうねん。
試合のテレビ生中継があると知って、急いで荷物をまとめて帰るわが上司、日本では考えられない世界ですが、こちらでは十分ありうるんです。
ちなみに、引き分け以上で予選突破、のはずだったタイ、見事に完敗。雨の中、苦手な白人との試合で、今までみたいな動きが全く見られなかったのは残念。日本ほどではないけど、決定打がない、うろうろパス回しをするばっかりの、イライラする試合運びでした。
日本がタイに移動して来ることを予想してチケットを買っていたつっちーさんも、残念でした。 2007/7/16 いとこの出家アユタヤの村での出家の儀式に参加しました。
土曜日は半日仕事を片付けて、昼前にアユタヤに向け出発。屋根つきピックアップに総勢7名が乗車し、親戚宅に到着したのは午後3時過ぎ。
この日は親戚や親しい人だけでの宴会で、すでに豪華な食事が用意され、お連れさんの大好物「野ネズミの激辛そぼろ」も特大鍋に。昼食を我慢しながら走ってきたので、各々無言でがっつきました。超でっかい淡水エビも生きたまま炭焼き。新鮮で甘いミソは、めったに食べられるものじゃありません。
男衆はすでに飲み始めていて、運転もしなくていいし、家に帰らなくてもいい!という開放感でいっぱいの義兄はやる気満々。ご飯も食べずにあっという間にロレツがまわらなくなる始末。
食べつつ飲みつつ、どんどん集まってくる親戚に「誰や?あれ」「名前が思いだせん」と思いながら挨拶し、翌朝の出家儀式に備えて就寝。
出家当日はめっちゃ晴れ。クソ暑くなる予感。5時には起き出して準備を始め、6時過ぎから、出家する本人の剃髪。二十歳になったばかりの末っ子、タイの伝統的な慣習に従い、親孝行のために出家するのです。引退したお相撲さんの剃髪式の如く、親戚一人一人が若者の髪にハサミを入れていきます。タイの僧は眉も剃ります。剃髪し白色の着物を着たナーガ(僧になろうとする者)を囲んで、楽隊と村の踊り手のおばちゃんたちを先頭に家を出たのが7時過ぎ。出家する寺までの数キロの道のりを、クソ暑い中踊りながら1時間ほど掛けて練り歩きます。
お寺に着くと供え物を献上し、簡単なサンスクリット・パーリ語での質疑応答を行い、仏門に入るための許しを得ます。その後は出家を祝って文字通りお祭り騒ぎ。11時半頃から午後2時までは、100人以上集まった親戚、友人、知り合いなどなどを円卓式宴会でもてなし、歌手+ダンサーによるミニ・コンサートも開催されました。タイの出家儀式はこのように、ヘタすると結婚式よりもお金を掛けて、親戚中あげて一生に一度の男児の出家を祝います。
午後2時になると、庫裏に入る儀式。本堂の周りを、やはり楽隊と踊り手を先頭に3周し、本堂でお坊さんに受け容れてもらった後、宿泊する庫裏へ。人によりけりですが、若くしてすでに妻を持っているこのナーガは、2週間をお寺で過ごします。早朝に起床、裸足で村中を托鉢に回り、正午以降は食べ物を口にしません。日本の大乗仏教よりも厳格な上座部仏教は227の戒律を守るそうです。やはり修行=苦行なんでしょう、本堂に入っていくナーガは涙ぐんでました。
全ての行事が終了し、片付けも終わったのは午後3時半ごろ。雲行きも怪しくなってきて暗くなり始め、泥酔状態の義兄が駄々をこねだしたので、引き止めてくれる親戚を振りほどき、曾おじいちゃんを自宅に送り届けて、帰途に着きました。アユタヤからバンコク方面は、前が見えないほどの激雨で渋滞。日本でも台風だったみたいですが、タイもそろそろ雨季中盤、高度の低いところや地盤の緩いところでは注意が必要な時期です。 2007/7/14 ニッポン戦 自己中分析昨日の日本・UAE戦、やっと暴れることなく、落ち着いて見ることができました。
こんだけできるんやったら、最初からこういう試合してくれよ!
一番印象に残ったのは、もちろん高原。
貫禄、の一言。
落ち着いたシュート、ゴール後の反応、丸坊主じゃなくて伸ばした髪にメッシュが入ってるし。数年前の、エコノミー症候群の時とは明らかに変わってました。
前日のタイやベトナムの鮮やかな速攻に比べると、なんとなくもどかしいというか、ボール持ちすぎや!と思うところは何回もあったけど、とりあえず首位に。
そして来週の月曜日はベトナム戦。お互いちっちゃいサル同士、レベルの差を見せつけてくれい!
月曜日の試合開始も5時20分。また急いで帰らんと・・・ 2007/7/13 アジア杯 自己中解説先週から、サッカー・アジア杯が始まりました。
東南アジア4カ国共同開催で、会場もばらばら。
日本は、先般の屈辱の引き分けを経て、本日第2戦。
ちなみにタイは、第1戦引き分け、昨日の第2戦は見事な勝ち星。
ここ数年で、東南アジアのレベルがぐんぐん伸びてます。
少なくとも、どっかの国とは違って、攻撃のスピードが速いし、点獲り屋が数名います。
現在ではタイの選手も複数名が外国でプレーするようになりました。
昨日の試合は、2点とも鮮やかな速攻、間髪入れないボレーシュート。いやあ、思わず興奮してしまいました。
ベトナムも、ここ数年はスポーツ振興に力を入れていて、タイの選手もベトナムでプレーしてたりします(彼のあだ名はなぜかジーコ)。
昨夜もタイ戦終了後、何気にチャンネルを回したら、ベトナム戦を中継してたのですが、早い!中東やアラブ系の選手に比べたらずっとチビなんだけど、いかにも田舎の青年なんだけど、速い!こりゃあ侮れないぞ。
Aグループでは、現在タイが1位独走。Bグループは、まさかといっちゃあなんだけど、ベトナムが首位。決勝ラウンドでは、AグループとBグループがご対面ですが、日本の通過順位次第では、チョンプーちゃんとお連れさんの間に火花が散るかもしれません。
2007/7/10 すごすぎる「ルー語」知人のお友達のブログで見つけた「ルー語変換」サイト。
あまりにもベタで、あまりにも濃すぎて、会社で変換なんかしなきゃよかったと、即座に反省しました。
知人のお友達に倣って、過去のブログを変換してみました。(原文は、7月2日のブログをご参照下さい。)
まず原文をインプットし、『この文章をトゥギャザー!』すると、こんな調子です。
『うちのカンパニーが仲良くして頂いてる、某自動車メーカーの子会社のカンパニープレジデントさまに誘ってレシーブし、ラストウィーク末はロングタイムにジャパンクッキングをレシーブしました。
が、この日のメーン・エベントは、お食事ではなく、カラオケ。ジャパンクッキング店の隣にある、日本人向けカラオケはすでに予約されていて、ウィーは食事もそこそこに、お隣さんへ。メンはお店のガールをネームしてお酌をしてもらいますが、お店にはネーム用のボーイはおりません。 気を利かせてくれたのか、それともトゥルース(?)だったのか、カンパニープレジデントさまはガールをネームせずに、チョンプーちゃんを隣に。チョンプーちゃんのボスもトゥギャザーだし、無害は保証されてる(ユージュアルだ)ので、おとなしくシットダウン。ゲストに失礼があってはと、お酒も控えめなチョンプーちゃん。 カンパニープレジデントさまインクルードし、割とエイジのグループ(50ミドル2名、40半ば2名)で、歌はネイチャーとフォークソング中心に。よかったわ?昔っから懐メロ系に慣れ親しんでて。社長さま含むおじさま方のラブそうな歌をワンエッジから爆唱。そしてラストには、○タイムテレビでおなじみの「サライ」で締め。カンパニープレジデントさまもそこそこ楽しんで下さったようで、ほっとしながら帰宅しました。 トゥデイのジャストビフォーヌーン、ボスがパッケージを持って私のところにショーしに来ました。ラストウィーク末トゥギャザーしたカンパニープレジデントさまからのパッケージで、中には河島英五のCD・・・しかも、直筆のレターには「プレゼントします!」これって、「ネクストタイムまたインバイトするから、プラクティスしとけよ!」ってことですか・・・』 訳が分かるような分からないような・・・
仕事にちょっと飽きてきた昼下がりの気分転換には最適です。
このサイト作った方、尊敬します。 2007/7/6 雨対策-ある田舎での風景雨季も中盤に入り、激しい雨が降る頻度も増してきました。
少し前は、真夜中に、知らん間に降ってたのが、ここ数日は、午後から夕方に掛けて、短時間で暴風+雷雨が襲来しています。
タイ人って、っていうかシーラチャー付近のタイ人、あまり雨傘を使いません。傘は、雨傘(アンブレラ)なのに、日傘(パラソル)として使っていることがほとんどです。
じゃあ雨が降ったらどうしてるの?
昔ながらのタイ人気質では、軒先で止むまで待つ。約束に遅れても全然平気。
でも現代社会ではそういうわけにはいかない。
約束の時間、仕事の時間に遅れてはいけない。濡れネズミもいや。でも、傘や合羽は持ってない。
というわけで、黒いゴミ袋の首部分と腕部分に穴を開けて着用。頭にはスーパーのレジ袋。写真を取り損ねたのが残念でなりません。
実際にこの格好でバイクを駆っていた友人曰く、「年中雨が降ってるわけでもないから、傘や合羽なんて買わなくても、これで十分。安上がりだし、うまくいけばリサイクルできるし」・・・バンコクに比べたら、格段に田舎なシーラチャー、ファッションセンスなどというものはまだ存在しないみたいです。
ちなみに、留学時代にチェンマイの奥地で農業研修の引率をした際には、シャワーキャップを被って農作業に精を出しました。タイ人の信仰上、体はともかく、頭は守りたいということでしょう。
2007/7/2 おっちゃんカラオケうちの会社が仲良くして頂いてる、某自動車メーカーの子会社の社長さまに誘って頂き、先週末は久々に日本料理を頂きました。
が、この日のメーン・エベントは、お食事ではなく、カラオケ。日本料理店の隣にある、日本人向けカラオケはすでに予約されていて、我々は食事もそこそこに、お隣さんへ。殿方はお店の女の子を指名してお酌をしてもらいますが、お店には指名用の男の子はおりません。
気を利かせてくれたのか、それとも本気(?)だったのか、社長さまは女の子を指名せずに、チョンプーちゃんを隣に。チョンプーちゃんの上司も一緒だし、無害は保証されてる(当たり前だ)ので、おとなしく着席。お客様に失礼があってはと、お酒も控えめなチョンプーちゃん。
社長さま含め、割と年配のグループ(50半ば2名、40半ば2名)で、歌は自然とフォークソング中心に。よかったわ~昔っから懐メロ系に慣れ親しんでて。社長さま含むおじさま方の好きそうな歌を片っ端から爆唱。そして最後には、○時間テレビでおなじみの「サライ」で締め。社長さまもそこそこ楽しんで下さったようで、ほっとしながら帰宅しました。
今日のお昼前、上司が小包を持って私のところに見せに来ました。先週末ご一緒した社長さまからの包みで、中には河島英五のCD・・・しかも、直筆の手紙には「プレゼントします!」これって、「次回また誘うから、練習しとけよ!」ってことですか・・・ お礼参りお連れさんの、学校卒業のお礼参りに行ってきました。居住するチョンブリー県の北から北東にかけて隣接するチャチューンサオ県のある有名寺院で、学校入学当時に願掛けをしたことがあり、この度無事に卒業できたので、ということなのです。
早朝起床、車に乗り込んだ途端に、ものすごい暴風雨・・・高速道路とかノロノロ運転の末に、9時ごろ寺院到着。雨も上がって、すでに寺院内の駐車場は満車状態、日本の都心の交差点にはかなわないけど、シーラチャーでは、唯一のデパート以外ではお目にかかれないような、かなりな混雑ぶり。
蹴りたいくらいにしつこい物売りの間をぬって、本堂へ。寺院を設立した住職様(ソートーン僧。寺院の名前になっている)が好きだったというゆで卵99個(9という数字は、「前進する」という単語と読み方が同じ+現国王様がラーマ9世なので、縁起がよいとされる。)セット。しつこすぎるくらいにしつこい物売りの中でも比較的感じのよいおばやんの店で買って奉納します。さらに、舞踊は大・中・小から選ぶんですが、近所の舞踊学校の生徒たちが「面倒くさいけどお金もらえるからやってる」感たっぷりに座っていて、元締めのおばやんらが殴りかからん勢いで客引きをしています。その中でもとりあえず笑顔を見せてくれたおばちゃんに頼んで、大セット舞踊を奉納した後は、通常と同様に、金箔を仏像に貼り、お布施をしました。
隣に新しくできた新本堂は、タイのお寺の典型の金色一色ではなく、白色が基調となっていて、銀色の模様が施されています。堂内は、これが仏教の寺院かと思うような、限りなく豪華絢爛な、ルネッサンスを髣髴とさせる壁画や階段。天井は吹き抜けになっていて、涼しい風が常に入ってきます。
さらに本堂裏には煉瓦を敷き詰めた公園+緑の葉っぱがいっぱいで、遊覧船の船着場までそれが続いています。
半強制的なお布施を貯めて造ったんだろうなあ、などとはタイ人の前では口に出しませんが、名高い寺院に相応しい造りではありました。
その後は、小さな貸し部屋から始め、今ではISOとか世界水準の規格の認証を受けるまでに成長したシフォンケーキ屋さんでお土産のケーキを購入したのですが、バンコクなど遠方からもわざわざ買いに来るほどの人気店で、かなり待たされました。店内で座ってるお客さんもかなりいましたが、電話注文もひっきりなし。やっとのことでケーキをゲットし、帰途に着きました。 |
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