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2008/08/25

五輪閉幕

五輪が閉幕しました。なんだかんだで、喉もと過ぎれば・・・ってな感じでしょうか。

タイ人は女子重量挙げとボクシングで金2個、女子テコンドーとボクシングで銀2個の計4個でした。これだけでもすごいことなんやって!

 

日本人は、「次の準決勝に勝てば最低でも銅」とか「決勝に勝てば金、負けたら銀」と言った言い方をするかと思います(先日日本の美容室の休業日を間違ったので、自信がありませんが)。

タイ人とメダルの話をしていて、何度か違和感を感じていました。聞いてるうちに、「結局何色のメダルやねん!」と思ったことが何度もありました。

 

「今、銅取れてる」・・・3位決定戦のない競技で、準決勝に進んだ場合。最低でも銅、という意味らしい。

 

「明日勝ったら銀」・・・準決勝で勝てば、最低でも銀獲得、というシチュエーション。日本人なら、明日勝ったら決勝!(金も狙える!)って思いませんか?

 

ニュアンスの違いもあるのかと思いますが、理解するのに時間が掛かってしまいました。

 

それと、メダルにまだあまり馴染みのないタイ人の勘違い。トーナメントで、上記のように準決勝に進むと銅、決勝に進んだ時点で銀、決勝で勝てば金、と同一人物が3つのメダルをもらえると思っている人も少なからずおりました。メダリストの歴史浅い(シドニー、アテネ、北京)からなあ・・・

 

っていうか、タイ人は、メダルのプレッシャーだとか名誉だとかよりも前に、こちらが強調されがち。

「金メダルゲット!1,000万バーツ+家+車ゲット!」 ええなあ~羨ましいなあ~ 

宝くじ当選者への羨望と大して変わらん反応です。

2008/08/22

オリンピックを数倍楽しむ方法

ジョージさんのブログから拝借させて頂きました。

 

http://www.zakzak.co.jp/spo/2008_08/s2008082123_all.html

 

会社とかで見るもんじゃないですね。

2008/08/21

水曜日の謎

日本って、確か火曜日が美容室お休みだったんじゃなかったでしたか。

タイは、水曜日が休みです。理由は、水曜日には髪を切らない習慣があるからだそうです。軍隊でも、隊員の散髪は、水曜日を避けて行なわれているようです。昔の人は、洗髪もしなかったそうです。なんでだろう。

T大先生の辞典にも、“昔は水曜日に散髪することを忌んだ”としか書いていません。タイ人は、「おじいちゃんおばあちゃんから教わった」としか言ってくれません。中国系もそうなのか、由来は何なのか、調べてみないといけましぇ~ん。

2008/08/15

中国のお盆

先日会社の先輩ヨン様がバンコクの実家に帰省した際、「母親の3回忌」というようなことを言っていましたが、タイミング的にもそうなんですが、実は815日は中国のお盆、なのでした。平日は都合がつかないからと、週末などを利用して親戚が集まったりしているようです。

 

中国人にとっての大きな行事といえば、陰暦(旧暦)に合わせて、中国正月(クッチン)、清明節(お墓参り)そして中国盆、らしいです。

正月は陰暦12月黒分の14日あるいは15日目。これって立春に当たるんでしょうか?

清明は24節の一だそうで、春分から数えて15日目だそうです。春分が320日ごろだとすると、清明は4月上旬、入学式シーズンに当たります。

そして盆は、陰暦の715日、これが陽暦の815日ごろにあたるようです。日本と一緒か。

 

毎回、丸ごとアヒルに丸ごと鶏、頭ごと盆に乗った豚、饅頭、寒天菓子など似た様なラインナップなんですが、これが中国の一般的な行事料理なんでしょうか。それとも、タイに多く居住する潮州出身者の習慣なのでしょうか。

2008/08/13

献血-予選落ちとリベンジ

先週末から4連休で、連休最終日の昨日は、タイの母の日=王妃ご生誕記念日でした。

学校やお役所ではそれぞれ式典を催し、テレビでも王妃様の生い立ちやご活躍の様子などを放映し、海辺の街シーラチャーでは、午後7時過ぎ、王妃様の御生まれになった時間に合わせて花火を打ち上げていました。

用事があって、朝からバンコクに向かいました。ヨン様がお母様の3周忌だとかで、送っていったのでした。あいにくの雨でしたが、道路はガラガラで、通常の半分の45分ほどで目的地に到着してしまいました。ヨン様の用事が終わるまでの間、主たる目的地へ。最近献血に目覚めたお連れさんのリベンジ献血です。

今年4月の健康診断で、何と血圧160!脂肪も多めですね、と医者に言われ、それ以降は走りこんだり筋トレしたりして、体重を5キロ減らしました。にもかかわらず、最近2ヶ月の間に、2度献血を拒否されていました。体重減らして、体脂肪も減ってきてるのに、血圧は160のままなんです。

今回は前日の脂肪分摂取を控え、夜も早目に就寝して、バンコクの本部での献血に臨んだわけです。平成11年に日本で献血した当時のカードを持って、チョンプーちゃんはタイで初めての献血となりました。

到着したのは午前10時ごろだったのですが、センター周辺にはテントが張られ、ジュースやスナック、麺類やサンドウィッチなどが無料で配布されています。それに便乗して、小物を売ってるテントも。センター内に入ると、1階ホールは超満員、すし詰め状態。面倒くさそうに仕事をする公務員のおばやん曰く、「1年で、母の日と父の日(125日国王御生誕記念日)だけが超忙しいのよね」田舎から親戚一同でピックアップに詰まってまで献血をしに来ているグループも多く見かけましたし、学生や、どっかの富豪のお手伝いさんのグループもいました。

登録カードに記入した後、献血前の血液検査の順番は、347番目でした。札を取ってから検査室まで15分。検査室に入り、簡単な質問の後、指の先をプチッと突かれて血液検査。ここで、献血人生初の予選落ち。「貧血気味ですね。体重もっと増やさないと」日本で献血していた頃は、今よりも5キロ以上重くてぎりぎり献血可能状態だったので、しょうがないといえばしょうがないんですが。血圧は、当時100を切っていたところ、110だったので、人並みになりました。結局、「一ヶ月間、毎食後にこの薬を飲んで、再挑戦して下さい」と、赤い錠剤1か月分100錠を無料で手渡され、退場(涙)。献血できないだけでなく、薬に頼る生活することになるとは・・・

お連れさんはというと、献血可能だったようで、登録の列に並んでいました。血圧170(!)だったのに、「今まで問題ありませんでした」と強引にOKをもらった模様。本人曰く、「献血できると思ったら興奮して、血圧上がってんねん」遺伝だと思うんですけど。父親(故人)も、興奮すると血圧上がって卒倒したらしいですし。

センター内の献血ルームは、血液、血小板、血漿と分かれていましたが、どの部屋も満室で、時間の係る血小板などは、1時間以上待たされる様子でした。血液は、350ccの一種のみで、献血時間は5分ほどですが、それでも人が溢れかえっていて、センター内以外に、5台の献血車でも行なうことが放送されました。

献血車周辺のテントもあっという間に人だかりができ、お連れさんの受取った番号札は52番。23人ずつ順に車に乗り込み、さらに座って待つこと10分、献血はあっという間に終了するようですが、その後ジュースを頂き、半強制的に10分くらい休憩してから下車するので、乗車から計30分ほどかかりました。もちろん、チョンプーちゃんは待ちぼうけ。その後、ボランティアさんのテントで無料(無銭ではない)飲食してから帰途に着きました。

2008/08/11

タイでも五輪熱

タイでも五輪熱は結構高まってます。独占放映権とかないので、複数のチャンネルで中継してるし、時差が1時間しかないこともあって、つい観てしまいます。ええ、もちろんタイ人選手の活躍を。だって日本の某チャンネルでは中継ないんですもん。

 

タイ人史上初の金メダルは、シドニーでのボクシングでした。その後女子重量挙げ、女子テコンドーでもメダル。しかし五輪参加選手は合計50数名で、参加競技数も少なく、まだまだこれから、という感じです。多分、昔の日本もこんな感じだったんでしょうかね。参加人数がそれほど多くなく、メダルへの期待が掛けられる選手は、その中のまた本の一握りで、プレッシャーすごいだろうな、というのは容易に想像できます。円谷選手とか前畑選手とか、東洋の魔女とか、ものすごい重圧の中での偉業達成だったんだと想像します。

 

昨日、女子重量挙げで、今回タイ人初の金メダルが出ました。彼女ももちろん、喜びを爆発させていましたが、某北部の田舎で、近所の人たちとテレビ観戦していたご両親、娘がメダルを獲得した瞬間、父親は失神、それを介抱していた母親も転倒して入院。さらに、報奨金150万バーツ(およそ450万円)というのも、雲の上の話みたいな感覚だと思います。

 

このニュースを聞いたタイの友人らも、「(興奮のあまり)鳥肌立ったわ!」って言ってました。早速テレビで確認、ネットで詳細記事を読み、今朝は新聞を買っていました。世界レベルに並んだ!タイ人もやればできる!っていう自信がつきます。上述のご両親も、「ウチの娘が世界で一番になった!」と思ったら気が動転したのでしょう。

 

ところで、うちの会社の中国拠点の一は、数ヶ月前から停電休業が断続的に続いていたんですが、8月は、月・木が停電休暇プラス五輪期間中は五輪休暇だそうです。日本もお盆、タイも母の日(王妃ご生誕記念日)で連休ですが、中国!ほとんど働いてへんやんか!

2008/08/04

『僕が上級公務員にコンピュータを教えることになった時』

原文はタイ語です。

  “僕”の気持ちが手に取るように分かる

  上級公務員が研修する様子が目に見える

  専門用語の使い方って本当に難しい

  ついでに、訳しながらタイ語の勉強にもなった

という理由から、掲載してみました。

 

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先週、僕は後輩から、公的機関の研修センターで、コンピュータ使用の基礎について、明日講演してくれないかと突然頼まれた。彼女のご主人でもある学者が急病に罹ったからであった。

彼女がくれた情報によると、今回の研修参加者は、情報面での知識評価が不合格であったために強制的に研修させられる公務員で、C8やC9級(タイの公務員の階級で、局長・次長クラス)もいるが、権力主義で、階級を持たない民間人を家来と見ている。我慢して最後まで講演を続け、言い返さないようとの要望に、僕はうなずいた。

 

講演場所に到着した時、僕は後輩の言葉を理解し始めた。僕が自己紹介をしている間も、喧しく喋り続けている。1人の男性が、僕に出会い系チャット、ビデオクリップやポルノサイト閲覧の方法を教えるよう大きな声で話し、周囲も笑って頷いている。僕は、“いいですよ。しかしまずコンピュータを開く練習をし、それからアクセスしましょう”と説得し、本題に入った。これが功を奏し、全員がスイッチを探し始めたが、コンピュータのモデルによって開閉方法が違うため、大騒ぎになった。一番頭が痛かったのは、何をやっても稼働せず、散々探した挙句、プラグを差し込んでいなかったことであった。

 

コンピュータを開くだけで休憩時間になってしまった。休憩時間が終わっても、研修者達はまだタバコを吸っていたり、集まって話をしている。僕はマイクで部屋に入るよう促した。幾人かが不満そうに見つめている。僕は、 “覚えておかなければならない周辺機器がたくさんある”ため、急いで研修する必要があると説明した。“例えば、モニター、キーボード、マウス、モデム、UPS・・・”

 

ある年配女性が口を挿んだ。“すいません、首相官邸規則で、公文書を入力する時はタイ語を使うことになってるんだけど、あなたのその、何とかターとかデムとかいうのをタイ語に訳してもらえないかしら。そうすればちょっとは仕事に役立つわ・・・”

 

部屋の後の方から、最近の子は、帰国子女だってアピールしたいのかね、タイ語半分外国語半分ってのが当たり前なんだよ、と聞こえてきた。僕はカチンときたが、深呼吸をして、“分かりました。じゃあもう一度やり直しましょう。計数機器の開け方は勉強しました。機器は、個人計数機器もありますし、膝上計数機器もあります。いずれの機器も、実行指示一式とその他の応用指示一式がなければ、仕事をすることが出来ません。次の項目です。計数機器は、並列備品があり、情報を取り入れ中央集約部に送付する、集約した情報を我々に示す、と主に2種類の機能があります”

 

僕は画面を指して、“これが、保護機で、テレビの画面のように分厚いものと、より鮮明な液晶画面とがあります。情報を取り入れ中央集約部に送付する接続備品は、イ駆動部とロ駆動部にあり、情報を読んだり、駆動部の軟性記録板(フロッピー)や硬性記録皿に保存することも可能です。情報送受機器は他にも、写真編集機、信号連結・分離器、電送写真などありますが、なくてはならないのが、これです”

 

僕はキーボードを持上げた。“文字板は、我々が指示一式を計数機器へと入れる、最も重要な機器です。文字板上には、文字釦がたくさんあり、慣れ親しんだものもあります。句点、重句読点、複写、改行、連字符、疑問符号、感嘆符号、等符号、下線、それに挿入釦、加入釦、逃亡釦、後退宇宙空間釦またはバックスペースなど単語未指定の文字幅...”

 

その日、ビデオクリップを開けた者は誰もいなかった。後日、僕は講義評価結果を知らされた。“不満である。タイ語を話しているが、訳が分からない。”